第七章 第七話「雨降って地固まる」

 天城先生は私たちが通過した後、近場のチェックポイントの印を回収し、登山隊に合流するために歩いていたらしい。

 ちょっと待ってれば合流できたわけで、先生を探しに行くまでもなかったみたいだ。

 私が簡単に事故の状況を伝えると、天城先生はいつになく真剣な表情になった。



 先生をつれてみんなの元にたどり着くと、先生はおばあさんの元に駆け寄る。


「お怪我の具合はいかがですか?」


「本当にみなさんによくしてもらいました。

 そこの金髪のお嬢さんの手当てもよくてね~。

 おかげで痛みが和らいでるのよぉ」


 その言葉を聞いて、美嶺は恥ずかしそうに照れ始めてしまった。



 先生はその後、無線機でどこかに連絡し始める。

 きっと大会本部と相談してるんだろう。

 私は肩の荷が下りた気持がして、ようやくホッと胸をなでおろす。


 すると、美嶺が私を見つめた。


「ましろ。……なんか、ごめんな。

 アタシが助けたいって言わなきゃ、勝ってたのに」


「あぅ?」


「負けたら、校長の猛特訓でマッチョになる約束だろ?」


「うわーーっ、忘れてたぁ……」


 そういえばそうだった。

 大会で負けたら、校長先生の特訓を受けることになってしまう。


「大会中に松江国引を見てたけど、アタシの勘では負け確定なんだよなぁ……」


「大丈夫! 助けたいのは私も一緒だったし、まだ大会は途中!

 私、がんばるよ~」


「はははっ。なんか、ましろ……。すっごく前向きになってきたなっ」


 そう言って美嶺は微笑んだ。

 前向きだなんて以前の私からは想像できないけど、美嶺に言われると素直に受け入れられる。

 そう、まだまだ大会は途中なのだ。

 最後まで頑張ろうと、心に誓う。



 そうこうしているうちに、天城先生が無線を切ってやってきた。


「みなさんの適切な行動は、ちゃ~んと本部に伝えておいたわぁ。

 県警からも救援が来ますし、ご婦人の付き添いは先生がやるので、大丈夫よぉ~」


 天城先生はウインクしてくれる。

 おばあさんはふもとまで降りられることがわかり、ほっとした表情を浮かべた。


 そして、大きな事故ではなかったことから、大会も続行されるらしい。

 この区間の歩行タイムは基準から随分と遅れてしまったけど、仕方のないトラブルだったと判断され、しっかりと考慮して採点されるらしい。

 大会本部とうまくやり取りしてくれたことがわかり、天城先生には感謝しかなかった。



「そういえば……。ましろさんと、美嶺さん。呼び方……変わってる」


「そうそう、わたしも気づいてたの~。いなくなってる間に何かあったのかな?」


 ホッとしているのもつかの間、千景さんとほたかさんが的確なツッコミを入れてきた。

 ちょっとその理由を説明するわけにもいかないので、私と美嶺は顔を見合わせる。


「まあ……色々と……」


「気分っす。気分。気にしなくていいっすよ~」


 そう言ってごまかすのもなんか楽しい。

 友達だけの秘密って、なんか甘美だ。


 その時、松江国引チームの皆さんがやってきて、深々と頭を下げた。


「八重垣高校の皆さん。本当に……ありがとうございます」


「当たり前のことをしただけですよっ。楽しいのが一番ですっ」


 ほたかさんはにっこりと笑い、私たちもつられて笑う。

 本当にそうだ。

 楽しいのが一番……。

 勝負の世界なのにそんな気分に浸れて、嬉しかった。



「……ずいぶんと長い時間、ここにいた気がするね」


「そうだな。……いろいろあったし、アタシはきっと忘れない」


 私と美嶺は目が合った後、少し気恥ずかしくなって目をそらす。

 でも、お互いの絆は確かなものになってると、確かな実感がある。


「じゃあ、わたしたちも楽しく歩こっか!」


 まだまだ登山は続く。

 ほたかさんの掛け声にみんなは「おぉ~っ」と気合を入れるのだった。




 第七章「雨空の下の巡り合い」 完

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