第七章 第五話「雨空の下の巡り合い」
千景さんはウィッグを外すと急に恥ずかしくなったのか、私たちの後ろに隠れてしまった。
そのしぐさを可愛いと思いつつ、私は千景さんの手を握る。
「大丈夫ですよ。千景さんを変に思う人なんて、ここにはいませんから」
つくしさんをはじめとする松江国引チームのみんなも、同意するようにうなずいてくれる。
千景さんは深くかぶった帽子を少し持ち上げ、照れくさそうに微笑んだ。
ほたかさんはみんなの様子を見まわした後、進行方向にある山を見つめる。
「……あとは救助を呼ばなきゃだねっ!
四十分ぐらい歩けば、大会の本隊がいる
おばあさまは動けないから、一緒にいる人と助けを呼びに行く人で別れよっか」
「え、そんなに時間がかかるんすか?
ばあちゃんは動けないし、この雨の中で長時間待ってると消耗がキツいっすよ」
「保温なら、
保温用のアルミシートを巻けば、問題ない」
「そうか……それなら……。
でも、往復で一時間半はきついっすねぇ……」
剱さんの心配も分かる気がする。
骨折か捻挫かはちゃんと調べる必要があるし、待ち時間があまり長くなるとおばあさんも居心地が悪いだろう。
もっと早くに解決する手段を考えた時、私は孫三瓶の山頂近くでの出来事を思い出した。
「あのぉ……。さっき、天城先生がいましたよ」
「ど、どこなの?」
ほたかさんが驚くように私を見るので、さっき通過した孫三瓶の頂上方向を指さす。
「孫三瓶の山頂近く。……林に入ったばかりのところです」
「そんなところに……いたか?」
「うん。うまく隠れてたから、気づかなくても仕方なかったと思う」
ほたかさんは地図と周りの地形を見て、大きくうなづいた。
「その場所なら、往復で三十分ぐらいで行けると思う。ましろちゃん、すごい!」
なんだか褒められてしまった。ちょっとは役に立てたみたいで嬉しい。
「えへっ……えへへっ……。居場所を知ってるので、私が行ってきますよぉ~」
そうと決まれば善は急げ。私はさっそく出発するのだった。
△ ▲ △
ザックをみんなに預けて身軽になると、私は孫三瓶へ向かって来た道を登っていった。
「空木のご指名はアタシか~。クマに出くわしたら退治するから、安心しろよな!」
そう言って高笑いしながら、剱さんが私の前を
ひとりで山の中を行くのは危ないと言われたので、私が剱さんを指名したのだ。
ほたかさんと千景さんには怪我をしてるおばあさんを見守っていて欲しい……と言ったのは名目だけで、本当は剱さんと二人きりになりたかった。
彼女のたくましい背中を見ていると、胸が高鳴ってしまう。
剱さんとリリィさん……。
まったく雰囲気が違うけど、その芯には同じものがあると分かってしまったのだ。
「空木~。早く来いよ~」
いつの間にか距離が離れてて、剱さんが私を振り返る。
私はほたかさんたちの姿がもう見えなくなっているのを確認すると、剱さんに向き直った。
「……違うよ」
「はあ?」
「……私の名前、スノウ……だよ」
「えっ……」
そう短くつぶやいた後、剱さんは動かなくなってしまった。
長い沈黙の中で、彼女は視線をあちらこちらに向けている。
……その反応を見るだけで、確認としては十分だった。
「な、なに変なことを言ってんだ? お前は空木だろ?」
「名前はね、『ましろ』から連想して、真っ白な雪っていうことで『スノウ』にしてみたの」
「……空木」
「私の趣味はね、女の子同士がイチャイチャするイラストや漫画を描くこと。
……一度だけだったけど、見られちゃったことがあったよね」
初めての登山の日、バスの中でスマホの待ち受け画面を見られてしまったことを思い出す。
「……いや、違うよね。私の絵、もっとたくさん見てるよね。
一番最近に見せたのは、四人の女の子がイチャイチャしてる絵……。
あれはね、登山部のみんながモデルなんだ~。
すご~く満足な出来だったから、喜んでもらえて、よかったなぁ」
「……なに、言ってんだ? ……だ、誰かと間違ってないか?」
「間違ってないよ。……リリィさん」
剱さんは口をパクパクと動かしながら、顔を真っ赤に染めている。
ここまで来たら止められない。
私は動かぬ証拠を見せようと、剱さんに歩み寄った。
「……ごめんね。勝手に見ちゃって」
そう言いながら、一気に剱さんのカッパと白いシャツをめくりあげる。
そこには、見間違えもなく、私のイラストがプリントされたTシャツがあった。
「このイラスト、リリィさんにしか送ってないんだよ。
剱さんが……リリィさんだったんだね」
「あああ、ああああ~~~」
剱さんは言葉にならないうめき声を上げると、私の手を振り払って走り出した。
でも動揺しているのか、足取りが怪しい。
岩だらけの地面は雨に濡れ、剱さんは体勢を崩す。
……大丈夫。
私の目にはちゃんと見えている。
この一か月で鍛え続けた体も飾りじゃない。
私は千景さん譲りの確実な足さばきで一気に近寄り、彼女を後ろから抱きしめた。
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