第六章 第二話「料理は笑顔で」
テント設営の審査の興奮と一日の疲れからテントの中でまどろんでいると、外に広がる青空がだんだんと茜色を帯びてきた。
時計を見ると午後五時になっている。
「よ~しっ! 美味しいご飯をつくっちゃうよ~」
予定ではこれから夕ご飯づくり。
献立通りのご飯を清潔に作ればオッケーなので、気が楽だ。
私はテントの前にシートを敷き、意気込んで夕ご飯の食材を取り出す。
すると、剱さんがニヤニヤしながら横で私を見つめてきた。
「美味いメシは楽しみだけどな。
……さっきのペーパーテスト、どうだったんだ?」
「えっ……。えっとぉ。……なんのことやら。
……テ、テストなんて、あったっけ?」
「空木が真っ青な顔で戻ってきたから、先輩たちは気を使って聞かないみたいだけどさ。さては、全然できなかったな~」
「……ちゃ、ちゃんとできたもん!
……とにかく、全部の項目は埋めたもんね~」
私は必死に作り笑いを浮かべながらも、冷や汗が噴き出てしまう。
実はテントの設営審査が終わった後、すぐにペーパーテストがあったのだ。
登山大会のテストは『自然観察』、『救急知識』、『気象知識』、『天気図』の四つの項目があって、私の担当は『自然観察』だった。
登山用語や大会が開催される山の数値や情報、あとはその周辺の植生について出題されたけど、さすがは赤点王の私……。
問題用紙を見たとたんに頭が真っ白になって、脳みそを絞り上げながら、なんとか解答欄だけは埋めたのだった。
終わった後のほたかさんの「頑張ってくれてありがとうっ」という微笑みが忘れられない。
「あははっ。ぜんっぜん自信なさそうな顔してんな~。
空木って嘘がつけないんだな」
「あぅぅ~。バカな私でごめんなさい~」
「気にすんなって。アタシは救急知識、自信ありだし。
得点は四人の合算だから、心配すんな」
剱さんが優しい言葉をかけてくれる。
こんなにダメな私を誰も責めなくて、申し訳なかった。
「ありがとう……。せめて、お料理頑張るよぉ」
そう言うと、剱さんのお腹が盛大に鳴り響いた。
剱さんが気恥ずかしそうにお腹をさする。
その音が聞こえたのか、水を
「美嶺ちゃんもお腹ペコペコみたいだねっ。早く作っちゃおっか~」
「いやぁ……。アタシって燃費悪いんすよね……。
弁当も二人前食うし、はっずかしいなぁ~」
「あれだけ重い荷物を背負ったから、当然だよぉ~。
じゃあ、夕ご飯をつくろっか!」
△ ▲ △
今日のメニューはハンバーグとコンソメスープとご飯。
事前に好きな物を聞いた時、剱さんが「肉!」と元気に言っていたので決まったのだ。
ちなみに朝と夜は料理をするので、二日で合計四食、それぞれ好きなメニューを言い合った。
私は野菜が食べたいので明日の朝のミネストローネ。
千景さんは牛乳がたっぷり味わえるミルク鍋。
そしてほたかさんは卵好きらしく、オムレツである。
卵を持ち運びできるのか不安だったけど、千景さんのお店では頑丈な卵ケースを扱っていて、その問題も解決。
何よりも卵が常温で半月は大丈夫っていうことが意外だった。
「とにかく、早く作りましょ!」
剱さんはもう我慢できないといった感じでザックから食材を取り出し始める。
今日の料理の役割分担は、お米の炊飯が千景さん、スープづくりがほたかさん。
スープの火加減はご飯ほど繊細ではないので、ほたかさんもリラックスして料理を始めた。
そしてハンバーグは剱さんと私が担当することになった。
保存を考えてあらかじめ火を通してあるひき肉に、つなぎとしてマッシュポテト、水、全紛乳を混ぜる。全粉乳と水とは要するに牛乳の事で、なるべく荷物を軽くするための工夫なのだ。
これらの材料をフライパンの中で混ぜ合わせると、イイ感じにお肉がまとまってきた。
「おおお……。まさにハンバーグって感じだな!」
剱さんはたくさん食べたいと言ってたので、量はみんなの二倍にしてある。
ハンバーグの肉の塊を見て、剱さんは色めき立った。
ここまでくれば、あとは焼くだけだ。
少し気が抜けて、私は赤く染まった空を見上げる。
今日はいろいろ大変だったけど、乗り越えたからこそ、この安らかなひと時があるのだ。
思えば、ほたかさんがバテてひどく落ち込んでた時に、『大変な時こそマイペース!』と言えたのが良かったかもしれない。
その言葉を教えてくれたリリィさんには、感謝しかなかった。
今すぐお礼を言いたいけど、スマホがないのがもどかしい。
いや、そもそもリリィさんも用事があるとかで、今は連絡ができないはずだ。
早く大会が終わって連絡を取りたい。できれば勝って、お土産に絵も描いて……。
……そんな風にぼんやり考えていると、背中が突っつかれた。
「空木! 盛り付けが終わったぞ!」
呼ばれて振り向けば、そこにはしゃもじとお鍋を持つ剱さんがいた。
ご飯はつやつやに炊きあがり、スープと一緒に美味しそうな湯気を立ち上らせている。
ほたかさんと千景さんも、ニコニコと私を見ていた。
「あぅ。いつの間にっ? ……ぼーっとしてて、すみません……」
「大丈夫。……ましろさんも、疲れてると思う」
「疲れかぁ。
……確かに疲れてますけど、なんか心地よさもあって……初めての感覚です」
これが運動の気持ちよさかもしれないけど、なによりも仲間の笑みに包まれてるのが嬉しい。
これは友達がいなかった私にとっての初めての感覚だった。
「じゃあ、食べよっか!」
ほたかさんがうなづくと、待ってましたとばかりに剱さんがハンバーグを口に運び出した。
「やっぱ、キャンプと言ったら肉っすね~!」
頬にお肉を詰め込み、満面の笑みを浮かべ始める。
剱さんの食べっぷりは期待を裏切らない。
「まぁまぁ、落ち着いて。剱さんはみんなの二倍は用意してあるから~」
「このっ……口いっぱいにっ……ほおばる感じがっ……ひあわへなんらよ~」
しゃべりながら食べてるので、最後のほうは言葉になってない。
その顔は本当に幸せそうだった。
△ ▲ △
お腹が膨れて落ち着いたのか、剱さんは私の方を向いた。
「……そういや、空木のおかげで助かったんだよな」
「んん? 剱さんを助けたことなんて、あったっけ?」
「今日の最初の方で、審査中のセンセーを見つけてくれただろ?
あのときボーっとしてて、前との間が離れそうになってたんだ。
空木が言ってくれなきゃ、あのまま減点されてたよ……」
知らない間に私の背後でドラマが生まれてたのか……。
助けになったようで本当によかった。
すると、ほたかさんも身を乗り出してきた。
「そういえばましろちゃんって、結構するどいなあって、わたしも思ってたの!
読図ポイントも正確に覚えてたし、助かったよぉ~」
「そう言われると嬉しいです~。
……でも、審査員の人を見つけるのって、そんなに有利にはならないですね……。
うちのチームの後ろには、ずっと役員の先生がついてきてるし……」
審査員が道中に隠れてる先生たちだけなら、審査員の居場所を察知して注意すればいいかもしれないけど、実際には違った。
登山大会だと全員が一列で歩き、すぐ後ろにはコース隊長が歩いてたので、常にチェックされてるといっていいと思う。
私の観察眼は役立ちそうになかった。
すると千景さんが「そういえば……」と、何かを思い出したように顔を上げる。
「明日は違う……。チームごとに、別々に歩く」
「どういうことっすか?」
「えっとね……。今日は全員が一列に並んで歩いたけど、明日は時間差で出発して、この四人だけで歩くの……」
「今日は前の隊と距離があきすぎたら減点だったっすよね?
明日はどうなんすか?」
「チェックポイントごとに……制限時間が、ある。間に合わないと……減点」
「も……もしかしてスピードの競争ですか?」
制限時間という言葉を聞いて、私の胸がざわついた。
体力勝負になってくると、みんなの足を引っ張りかねないので心配になってくる。
そんな私の不安を察してくれたのか、千景さんはそっと手を握ってくれた。
「普通に歩けば、十分に間に合う。……歩くペースは、ボクに任せて」
千景さんの言葉を聞き、私の気分が軽くなるのを実感した。
不安がなくなると、周りが見えてくる。
……そういえば、ほたかさんが静かな気がした。
「ほたかさん、どうしたんですか? 表情が暗いような……」
ほたかさんは、なんだか虚空を見つめて思いつめたような表情になっていた……。
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