第六章「つかの間の賑わい。そして」

第六章 第一話「テントは一〇分以内!」

 山頂での荷物分配が功をそうして、何とかみんな元気なまま下山することができた。

 案の定、A地点のチェックポイントの目印は外されてたけど、私が正確な位置をおぼえていたので読図も完璧。

 ……これは自慢の観察眼とおトイレ騒動のおかげに違いない。



 そんなわけで、ゴール地点は今日のスタート地点と同じ、三瓶セントラルロッジの前の広場。

 登山隊の皆さんもそれぞれのチームで集まり、ザックを地面に下ろして休んでいる。

 力自慢の剱さんも、さすがに疲れた顔で額の汗をぬぐっていた。

 荷物を分担するとはいえ、さすがに私と千景さんには負担が大きかったので、剱さんが重い荷物のほとんどを背負ってくれたのだ。


「美嶺さん……ありがとう」


「うん。剱さんがいなければ、どうなってたか分かんないよ……」


 私は帽子を振って剱さんに風を送り、千景さんはスポーツドリンクをカップに入れて手渡す。

 剱さんはそれを一気に飲み干した。


「ふわぁ……生き返るっ! 伊吹さんも空木も、サンキューっす」


「膝は……問題ない? ……一番重かったので」


「大丈夫っす。伊達に鍛えてないんで!

 ……それより梓川さんはどこ行ったんすか?」


「ほたかは……読図の地図と記録帳の、提出」


「さっきまで、すごく真剣に記録を書かれてましたもんね~」


 ほたかさんはゴールしても休むことなく、一心不乱にメモ帳に記録を書きつづっていた。

 チェックポイントを記した地図と山行記録書はゴールした後、五分以内に提出しないといけないらしい。

 だから私たちは邪魔しないように見守るしかなかったのだ。



 そのまま日陰で待っていると、「ただいま~」と言いながらほたかさんが戻ってきた。

 表情が明るい。

 それだけで、ほたかさんの肩の荷が下りたと実感できた。


「あ、お疲れ様っす。……っわ!」


 剱さんが応えると、ほたかさんが飛びつくように剱さんに抱き着いた。


「あ……梓川さん?」


「重い荷物を持ってくれて、本当にありがとう!

 おかげで読図と記録、ちゃんとできたよっ」


「い、いや。……それしかとりえがないんで」


 そう言いながら、剱さんは顔を真っ赤にしている。ほたかさんも満面の笑みで喜んでいた。

 楽しく穏やかな空気が流れ、私も嬉しくなる。


「そ、それよりも、まだ審査は続くんすよね! ちょ、ちょっと冷静になりましょ」


「うん。ほたか、落ち着いて。これから……テントの設営」


「そうだったよぉ~。学校でも練習したし、いつも通りなら大丈夫!

 みんな、がんばろっか!」


 ほたかさんは「えいえい、おーっ」と腕を振り上げる。


 テントと言えば、学校キャンプの後も練習を続け、ギリギリ一〇分をきれるようになった。

 最高の集中力を出そうと、私もほたかさんに続いて腕を振り上げるのだった。



 △ ▲ △



 時刻は午後二時半。ついにテントの設営審査の始まりだ。

 各校がそれぞれに割り当てられたテントサイトの脇に立ち、ザックもひとまとめにしてある。

 地面には五メートル四方のロープが張られ、この線の中がテント審査の戦場になるのだ。


「絶対に一〇分を切るつもりっす」


 剱さんはそう言いながら、腕をぐるぐると回して鼻息を荒くしている。


「じゃあ、開始前の作戦を練ろっか。

 ……わたしと千景ちゃんがテントを広げる係。

 ましろちゃんと美嶺ちゃんはポールを組み立てる係。

 テントの場所と向きはわたしが決めちゃうね」


「ポールは……地面に放置すると、土が噛む恐れがあって、減点対象になる……。注意」


「オッケーっす」


「ポールをテントにさして膨らますところまでは一気に行けるとして、問題はそのあとですよね……。フライシートとペグ打ちをどう短縮するかが分かれ目になりそうです……」


 私が不安を漏らすと、ほたかさんが腕組みをして考え始めた。


「そうだねえ……。

 じゃあ、わたしと美嶺ちゃんがフライシート係になろっか。

 背が高いからテントの上まで手が届きやすいし」


「了解っす」


「ボクとましろさんは、ペグで。……ハンマーは二つ、あるので」


「わかりました! ハンマーさばきは任せてください!」


「空木は手が器用だからな。やれるよ」


 剱さんがニカッと歯を見せて笑う。

 褒めてくれると素直に嬉しい。


 役割分担ができたので、ほたかさんが真剣な顔で私たちを見回した。


「じゃあ、設営ルールの最後の確認だよ。

 制限時間は一〇分間。

 区画を示すロープの中でのみ作業を行うこと。

 作業中の軍手の着用は必須で、最後にペグと張り綱がすべてしっかりついていることが重視されるの。

 そして、テントが出来上がったら全員が区画外に出て、整列!」


「開始までは区画に入っちゃダメなんすよね」


「うんっ。あと、軍手も始まるまではつけちゃダメだから、注意だよっ」


 このルールの内容は過去の大会の記録にも書かれてたけど、競技だからなのか、結構細かい。

 テント自体もザックにしまい込まれた時点から始めるルールがあったり、テントを張った後はザックをテントの中にきれいにしまってチャックを閉めるというルールもある。



 審査開始が近づくと、だんだん不安になってきた。心臓がうるさく鼓動してる。

 その時、隣に立つほたかさんが私の肩に触れてくれた。


「ましろちゃん。大丈夫だよ。

 ……わたしに言ってくれたように、みんなで補い合えばいいんだからっ」


「ほたかさん……」


「テントの審査も安全登山のためにあるだから、焦る必要はないんだよ。

 遅くなっても、きれいに張ることを目指そうね」


 ほたかさんの微笑みで緊張感が解けて、私は平常心に戻ることができる。

 そして、開始の笛がキャンプ場に鳴り響いた。



 △ ▲ △



 私たちはいっせいに軍手をはめ、ザックからテントとペグ一式を取り出す。

 ほたかさんと千景さんはグランドシートとテントを運び、区画の真ん中で広げ始めた。

 私と剱さんも一気にポールを組み立てていく。


「慌ててポールに手を挟むなよ!」


「ありがと! だいじょーぶ!」


 そして組み立てたポールをテントの穴に次々と差し込んでいった。

 全員がアイコンタクトを取りながら、テントの角にきれいにばらける。


「じゃあ、膨らませるよ~」


 ほたかさんの掛け声で一気にポールを押し込むと、テント本体がきれいに膨らんでいった。

 千景さんはテントの中に銀色のマットを敷き、中にザックをしまい込んでいく。



 この後、私と千景さんはペグ係だ。

 千景さんと一緒にハンマーとペグを握り、うなづきあう。


「ボクが右側。ましろさんは、左側を」

「はい!」


 短い言葉のやり取りだけで左右に分かれ、テント本体の角をペグで固定し始めた。

 でも、さすがに焦ってしまい、ハンマーで自分の左手を叩いてしまう。


「いててっ」

「空木! 大丈夫か?」


 剱さんが血相を変えて呼びかけてくれた。


「……うん、焦って手を叩いちゃった……」

「手は大事なんだ。……大切にしろよな」


「……ありがとう」


 急に優しく言われてビックリしてしまう。

 確かに絵を描くから、手は大切だ。

 さすがに剱さんの言葉はそこまでの意味じゃないと思うけど、ちょっと嬉しい。


 でも、今は時間にゆとりがない。

 制限時間はあと一分。そして手元に残っているペグはあと三本。

 もう一刻の猶予もなかった。


 急がないとヤバい!

 私は一心不乱にハンマーを叩き続ける。



「あぅぅー。これで最後!」


 最後のひと振りを打ち込み終わり、ペグはしっかりと地面に突き刺さった。


「空木! 区画から離れて整列だ!」

「うん!」


 そうだ。

 区画から出なければ審査は終わらない。

 私は慌てて立ち上がり、地面を蹴った。



 すると、何かが転がっていく感触が足を伝わる。

 振り向くと、地面に転がるハンマーが見えた。


「あぅぅ……しまった……」


 その瞬間、私の横を風が通り過ぎる。

 それはほたかさんだった。

 ほたかさんは素早く駆け付けるとハンマーを拾い、Uターンしながら私の手を握る。


「行くよ!」

「……はいっ」


 私はほたかさんと手を取り合って走る。

 ほたかさんの横顔は、とてもかっこよかった。



 △ ▲ △



 ……一〇分の経過を告げる笛が鳴った時、私たち四人は区画の外で見事に整列できていた。

 テントもきれいに張られていて、離れた場所では天城先生がガッツポーズを繰り出している。

 嬉しくなって、私たちはお互いの顔を見合わせた。


「やりました! ほたかさんがハンマーを拾ってくれたおかげです!」

「わたしは走っただけ~。みんなの連携があったからだよぉ」


「連携は……ほたかのおかげ」

「そっすよ! 悩まず動けたのがよかったです」


 そう言われて、ほたかさんは目をうるませ始める。


「タッチ。……みんなでハイタッチしよっ」


 そう言って右手を大きく上げた。

 みんなも手を振り上げる。背の低い千景さんは思いっきりジャンプした。


「やったぁーっ!」


 みんなで叫ぶ。思いっきりハイタッチして、抱きしめ合うのだった。

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