第五章 第四話「ほたかの告白」

 バテてしまったほたか先輩を見て、いても立ってもいられなくなり、私は急いで坂道を下りていった。


 ほたか先輩の元にたどり着いた私は、今の状態を把握しようと先輩の様子を観察する。

 一見するとザックは私たちと同じ大きさだけど、ところどころに固そうなでっぱりが見える。

 まさかと思って先輩の後ろに回り込んだ。


「ほたか先輩……ちょっと失礼します」

「ましろちゃん。ま、待って……」


 慌てる先輩にかまわず、先輩のザックを後ろから持ち上げる。

 すると、やけに重かった。


「これ……私のザックの二倍以上はありそうですよ!」

「マジか」


 慌てて下りてきた剱さんのザックを抱えてみると、私のザックと同じぐらいに軽い。

 意味が分からないけど、ほたか先輩のザックに重い荷物が集中してるとしか思えない。



「ほたか先輩、ザックを交換しましょう!」

「そうか! アタシに任せればいいんすよ!」


 剱さんは自分のザックを下ろし、ほたか先輩のザックを強引に奪い取ると、背負ってみせた。


「ほら、イケるイケる! ……ってゆーか、梓川さんのザックに偏りすぎっすよ」


 その何気ない剱さんの言葉に、ほたか先輩はうつむいてしまった。


「ごめん……ごめんね……」


 その声を聞くと切なくなってしまい、たまらなくなってしまう。

 でも、何もできない私に何が言えるというんだろう。


 その時、『マイペース!』っていうリリィさんの言葉を思い出し、ハッとした。


「大変な時こそマイペース!

 山道で疲れるのは普通の事ですから、ゆっくり行きましょう!」


 その言葉を受け取ってくれたのか、ほたか先輩はわずかに顔を上げてくれる。


「お姉さんなのに……いいのかな?」


 すると、剱さんもニカッと歯を見せて笑った。


「今までの自分に自信を持ってくださいよ。

 アタシとの競争でも、負けなしだったんすから!」


 その笑顔が何よりも頼もしくて、私も元気が出てくるようだ。

 ほたか先輩は小さくうなづき、一歩一歩と地面を踏みしめて歩き出した。



 △ ▲ △



 岩壁のような急な山道をなんとか乗り越え、ついに三瓶さんべの頂上にたどり着いた。

 今日の目的地はこの頂上なので、お昼ごはんを食べた後はスタート地点まで戻るだけだ。


 他のチームが自由に散らばって休憩し始めるので、私たちは広場の端っこ……誰もいない場所を選んで腰を落ち着けた。


「ほたか……。よかった」

「千景ちゃん、ごめんね。みんな……ごめんね……」

「ごめんなんて、いらないっすよ。余裕のあるヤツが背負えばいいだけっす!」


 ほたか先輩がずっと謝ってるので、剱さんは笑い飛ばすようにニコニコしている。


「そうですよ~。

 いつものほたか先輩みたいに『大丈夫、大丈夫』って笑って欲しいですっ」

「……本当に、ありがとう」


 そして、ほたか先輩は申し訳なさそうにうつむきながら、小さく微笑んだ。


 ……よかった。

 ほたか先輩がバテてしまったことはビックリしたけど、私たちが温かくフォローしあえる仲間で、本当によかった。


「ほたか先輩、もしかして体調が悪いですか?」

「……え? だ、大丈夫だよ。……大丈夫」


「嘘つかないでください。

 私はいつも見てるので、おかしいことぐらい、すぐわかります」


 そう。美少女ハンターの私はいつも観察してるので、いつもと違うことぐらい、すぐわかる。

 思い起こせば、ほたか先輩は朝からずっと言葉が少なかった。



「実は……寝不足なの……」


 観念してくれたのか、ほたか先輩は気まずそうにぽつりぽつりと話し始めた。


「みんなをマッチョにするわけにいかないって考えると、緊張して、昨日は眠れなかったの」


 この大会で優勝しなければ、校長先生によって、私たちはムキムキマッチョの体に鍛え上げられてしまう運命。

 つまり、ほたか先輩はプレッシャーで追い詰められていたわけだ……。

 校長先生は発破はっぱをかけようとしてただけかもしれないけど、これでは逆効果としか思えない。


「寝不足はきついっすよね。

 アタシもよく徹夜でネットしてるんで、翌日はフラフラっすよ~」


 剱さんは腕を組んで、しみじみと語る。


「しっかし、寝不足だったんなら、朝から体調が悪かったんすよね?

 なのに、なんであんな重い荷物を持ってたんすか?

 出発前でも分担できたじゃないすか……」


「それは……みんなに負担をかけたくなくて……」


 ほたか先輩は小さく縮こまりながらつぶやく。

 それを見て、剱さんは困ったように頭をかき始めた。


「アタシがパワーあるの、知ってるじゃないすか」


「もちろん分かってるけど……。

 でも、美嶺ちゃんは初めての大会だし、楽しめるように部長のお姉さんが頑張らなくっちゃって思って……」


「だからっすか……。なんか軽いなって思ってたんすよー」



 その時、千景さんがほたか先輩の前に立った。

 ……なんか、いつもと違って迫力がある。


「ほたかは……抱え込みすぎ。

 記録と読図、それに装備。

 ボクに……何も、任せてくれない」


「だって、お姉さんは部長だから……!」

「ボクは副部長。……ちゃんと、頼って」


 珍しく千景さんが怒っている。

 でも、その気持ちはよく分かった。


 千景さんは副部長で同学年なのに、ほたか先輩は千景さんを守る対象と考えているフシがある。友達なのに対等と思われていないなんて、千景さんとしても残念なのだろう。

 それなのにプレッシャーで寝不足になってるのだから、千景さんが怒るのも無理はない。


 ……そして、よく考えればほたか先輩と千景さんはまだ二年生なのだ。

 たとえば私が来年になって部長をやれと言われたら、なんか大変なことをやらかしそうだ。


 思い起こせば、ほたか先輩はいつでも優しいし、大変そうなことを全部引き受けようとすることが多かった。

 もしかして、無理して『ちゃんとした部長』を演じようとしているのかもしれない。

 山が好きなのに、責任感に苦しんで山を楽しめないなんて、本末転倒だ。



 私はほたか先輩の前にしゃがみ込み、その眼を見つめた。


「ほたか先輩。自分のことを『お姉さん』っていうの……やめにしませんか?」

「ましろ……ちゃん?」


 私が真剣な顔で言うので、ほたか先輩は驚いていた。


「同じ学年の千景さんに対しても『お姉さん』っていうの、変だなって思ってたんです。ほたか先輩って、昔から自分の事を『お姉さん』だって、言ってたんでしょうか?」


 すると、千景さんは深刻そうにうつむいた。


「千景ちゃん。それは言わない約束……」


 ほたか先輩が懇願こんがんするように言うが、千景さんは首を横に振る。


「……ほたかは、部長になった時から……『お姉さん』になると、言った」


 やっぱり思ったとおりだった。

 きっと、ほたか先輩は責任感がとても強いのだ。

 そしてついつい無理してしまう。


 誰よりも重い荷物を背負い、誰よりもたくさんの役割をこなそうとして……。

 自分のことを『お姉さん』と呼び、自分の気持ちを後回しにして……。


 でも、そんなのいつか、ほたか先輩が壊れてしまう。

 現に、目の前の先輩はボロボロなのだ。



「ほたか先輩は『お姉さん』を辞めるんです。

 私も……『先輩』って呼ぶの、やめます!」


 私はそう、叫んだ。

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