第四章 第五話「ましろ、甘雨に濡れそぼつ」

 振り返ると……そこには素っ裸のほたか先輩がいた。

 しかもシャンプーとリンスの大きなボトルを持って、体の半分は私の個室に入り込んでる。


「あぅぅ……。恥ずかしい……」


 私は自分のたるんだ体が恥ずかしくて、個室の隅でちぢこまった。


「ええ~? 女の子同士なんだから、恥ずかしいことなんて、ないよぉ」


「先輩はスタイルがいいけど、私は恥ずかしいんです!

 お腹なんて見せられませんよぉ」


「ふわふわも、いいと思うよ?

 お姉さんはましろちゃんのふわふわ、だ~い好き!」


 そう言って私の二の腕に抱き着いてくるので、恥ずかしくて顔が火照ほてってしまう。


 そしてほたか先輩といえば、想像した通りのアスリート体型だ。

 何よりも素敵なのはお腹!

 しっかりと引き締まってるけど、筋肉が割れているわけでもなく、ちょうどいい。

 憧れのお腹がそこにあった。


「ん? ましろちゃん、どうしたの? お姉さんの体で、何か気になるの?」


「うひゃぁっ!

 ……い、いえ! 引き締まったきれいなお腹で、うらやましいなって!」


 まじまじと見つめすぎてしまった。

 私は恥ずかしくて、顔から火が出そうになる。


 すると、個室の外から千景さんがのぞいてきた。


「……騒がしい。何?」


「ぐはぁ……。やっぱりおっきい……」


「……ましろさん、エッチです」


 千景さんは私の視線に気づき、胸を両腕でとっさに隠す。

 でも、あまりの豊かさに千景さんの細い両腕では到底隠し切れず、あちこちからこぼれてしまっていた。


 小さな体なのに大人っぽい体つき。

 きれいな腰のくびれは運動のたまものだろう。

 ぜい肉でプヨプヨしてる自分の体が情けなくなってくる。


 私がたるんだ自分のお腹をつまんでいると、千景さんはほたか先輩の背中を見つめ始めた。


「ほたか……僧帽筋そうぼうきん、いい感じ」


「えへへ、わかる? 日ごろの成果だよ!」


 そう言いながら、ほたか先輩はダンベルを握るような感覚でシャンプーのボトルを掴み、ゆっくりと肩を上げ下げし始めた。


「あのぅ……ほたか先輩、何してるんですか?」


「ん? これ? 筋トレだよ?」


 いたって普通のことをしているだけだよ、と言いたげな感じで、平然とボトルを上げ続けている。

 ほっそりとした首の左右から、たくましく美しい起伏が盛り上がってきた。


「筋トレ……、お……お好きなんですか?」


「うん! 体を動かすと頭もスッキリするでしょ?

 筋肉はすべてを解決するんだよ!」


 ほたか先輩は太陽のような素敵な笑顔で答える。


 筋肉は……すべてを解決する?

 校長先生と同じ言葉が飛び出て、私は目を丸くして驚いた。


「ええっと……。うん。そうですね……!」


 私は笑顔でうなづきつつ、頭を冷やそうとシャワーの温度を下げる。


 ヤバイ。

 ほたか先輩って、生粋のトレーニングフェチでもあったんだ。

 先輩は笑顔がまぶしいし、ボディビルダーになっても完璧に違いない。


 全身を照り輝かせながら筋肉を披露する姿を想像してしまい、私は慌てて筋トレを制止した。


「あ、あのぅ。あんまり鍛えると、ムッキムキになっちゃいますよ?」


「大丈夫! 筋肉はなんでも解決してくれるから~!

 うちの校長先生も全身が鎧みたいで、すごいでしょっ!

 体づくりの参考に、よくアドバイスをもらってるのぉ~」


「あぅぅ……筋肉で世界を獲るつもりなんですかぁ~?」


 先輩の好きなことは尊重したいけど、私としては、あまり鍛えすぎないでくれると嬉しいな。


 そりゃあ私だって、筋肉の絵を描くのは割と好きだ。

 人体を描くためには、骨格と筋肉の理解は欠かせないし、ふく斜筋しゃきんや三角筋は魅力的。

 でも、ほたか先輩がムキムキになるのは美少女ハンターとして阻止しなければいけない。


 私は声に出せない思いを胸に秘め、ほたか先輩の手からボトルを奪い去る。

 すると、援護射撃のように千景さんもほたか先輩の腕をつかんだ。


「ほたか、筋トレはやめて」

「そうそう! 千景さんの言う通りですよ!」


「トレーニング後は……しっかり休める。筋肉の発達が、悪くなる」

「そうだったよぉ。お姉さんとしたことが、超回復を忘れてた~」


「アドバイスしなくていいですよぉぉ~!」


 ああ、もうダメだ。

 四六時中、先輩を監視することなんてできないし、ほたか先輩は勝手にムキムキになっちゃいそう。

 せめて今の体型を維持するにとどめてほしいと祈るばかりだ。


 ……そんな私の苦悩もよそに、ほたか先輩の興奮はエスカレートしていく。


「筋肉と言えば美嶺ちゃんだよぉ~!」


 先輩が私の個室から飛び出していくと、間髪入れずに剱さんの悲鳴が響き渡った。


「おぉ~。やっぱりお姉さんの目に狂いはなかったよぉ~。

 すごくいい筋肉だねっ!」


「な、なに揉んでるんすか! は、恥ずかしいんでやめてくださいよぉ……」


 いったいどこを揉んでるというのだろう。

 先輩の暴走を止めたい気持ち半分、モミモミイベントへの興味半分で剱さんの所へ行く。


 すると、ほたか先輩は剱さんのたくましい太ももに指をわしているところだった。


「なぁんだ、健全かぁ……」


 ぼそりとつぶやきながらも、ついつい剱さんの裸体に目が行ってしまう。

 うっすらと割れた腹筋は、日ごろの鍛錬のたまものだろう。決して鍛えすぎではなく、とても均整の取れたきれいな体だった。

 長い手足に程よくついた筋肉は、野生のヒョウを思わせる。

 うぅむ。想像通りに素敵だ……。


 私が真剣に観察していると、剱さんが上ずった声で悲鳴を上げる。

 見ると、顔が真っ赤だ。


「な、なにアタシんとこに集まってんすかーっ? そんなに胸がデカいの自慢したいんすか~」


 切実な悲鳴を上げるので周囲を見ると、確かにそうだった。

 千景さんは言うまでもないし、ほたか先輩もDカップはある。

 かく言う私もDなのだ。


 剱さんは恥ずかしそうに胸を隠しているけど、絵描きである私の観察眼で見るとAっぽい。


「気にすることないよ~。剱さんはスーパーモデルみたいでかっこいいよ!」


「空木はデカいからいいだろっ?

 アタシは背の高さも胸も、悩んでるんだよぉぉ……」


 これは意外な一面。

 恥ずかしがる剱さんはとっても新鮮だった。


 そしてどうやら、剱さんは恥ずかしいと赤面しやすいみたいだ。

 いつものクールな印象とのギャップが際立ち、とても可愛く思えてくる。



 そう言えば、いっしょに過ごす時間が増えてるせいか、剱さんとも普通に会話できるようになっている。

 これも自分にとっては予想外のことだった。


 クラスの誰ともなじめず友達もいなかった自分が、今はこんなにも楽しい。

 今ならイラストだけじゃなくて、お話を含めた素敵な百合漫画が描けそうな気がする。

 暖かなシャワーを浴びながら、いつの間にかこの先の試練が楽しみになってきていた。

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