第四章 第四話「百合作家人生の最高のひと時」
ほたか先輩が意気揚々と炊き始めたご飯が……炭になってしまった。
真っ黒こげになったお鍋を見て、私たちはがっくりと肩を落とす……。
「あの……。ほたか先輩は自信があったのでは……?」
「実はね。……お姉さん、お料理全般が不得意なの。
でも、がんばろうと思って……」
「マジすか……」
剱さんも口をあんぐりと開けて呆然としている。
「特に火加減がよくわかんなくって。
家で練習したから、うまくいくと思ったんだけど……」
「家では……成功したん……ですよね?」
私が訪ねると、ほたか先輩は「えへへ」と言って舌を出した。
……無言のままなので、どうやら成功はしてなかったようだ。
私は思わずため息をついてしまったが、先輩の意外に不器用な一面が知れて親近感がわく。
「で、でもねっ。ちゃーんとリカバリープランはあるんだよっ!」
そう言って、ほたか先輩は慌てたようにザックからレトルトご飯を取り出した。
「よかったわぁ~。先生、心配だったのよぉ。
いくら味は審査に関係なくっても、美味しく食べたいものねぇ」
「あれ? 料理の審査があるのに、味は関係ないんですか?」
私が素朴な疑問を口にすると、先生は大きくうなづく。
「そうそう。そうなのよぉ~。
大会では栄養とカロリーが十分なメニューであるかという点と、作るときの衛生面が審査ポイントなの。
ちなみに大会ではレトルトは禁止。気を付けるのよぉ」
「なんでレトルト禁止なんすか?」
「どうしても審査する以上、温めたりお湯をいれて終わりの料理は点数の差が出ないのよぉ。もちろんレトルトもフリーズドライも素晴らしいので、普段の合宿はオールオッケーよぉ」
「ちなみに……乾燥野菜は、問題ない。料理の材料にするなら、大丈夫」
天城先生と千景さんの解説には確かに納得できる。
そして、千景さんは落ち込むほたか先輩に寄り添った。
「ほたか。大会のご飯は……ボクに、まかせて」
「千景ちゃん……。いつもありがとう……。
いつかごちそうできるように、がんばるねっ」
「うん。……楽しみに、してる」
そう言って見つめ合う二人の美少女。
ああ、なんて美しく尊いんだろう。
私はこの二人の絵を必ず描こうと、身悶えしながら目に焼き付けるのだった。
△ ▲ △
レトルトご飯が温まり、シチューとご飯を金属の器に盛りつける。
テントの前に広げたシートの上、ガスランタンの温かい光を囲んでの夕食となった。
まるでお誕生日ケーキのろうそくを見つめる気分になり、なんだか楽しくなってくる。
「美味しい……!」
「よかったです~! 心を込めて作ったので!」
今日のシチューは私がメインで作ったので、顔がほころぶ千景さんを見れて嬉しくなる。
私は幸福を感じながら、ご飯をシチューに浸して口に運んだ。
「空木……! まさか、ご飯にシチューをかける派か? ……それはさすがに邪道だろ……」
剱さんが困惑の顔を浮かべてツッコんできた。
シチューをご飯にかける派、かけない派の論争はネットでも有名だ。
「べ、別にいいと思うな。うちの家では昔から……かけるんだもん」
「リゾットみたいで、美味しいよね!」
ほたか先輩も隣で同意してくれる。
千景さんもひと匙ごとにご飯をシチューに浸して、幸せそうな顔で黙々と口に運んでいく。
「……なんてこった。梓川さんも伊吹さんも、シチューをかけてる……」
「安心して~。先生はかけない派よ~」
「そ、そっすよね。アタシたちのほうが王道のはずっすよね? ……多分」
「王道でも邪道でも、どっちでもいいとお姉さんは思うなっ」
ほたか先輩が笑って受け流す。
先輩の笑顔に癒されるし、牛乳たっぷりのシチューを味わうだけでも私は幸せだ。
「……そう言えば、ましろさん。このシチュー……甘い香りが、する」
「さすがは千景さん。鋭いですね!
隠し味にナツメグを入れたんですが、どうでしょうか?」
「すごく……美味しい。今まで食べたシチューで、一番」
千景さんの表情がぱあぁぁっと明るくなる。
この表情が見れただけでも作った甲斐があった。
「確かにうめぇ……。よくナツメグなんて持ってたな」
「ちょうど部室にスパイス一式がそろってたんだよ~!
ナツメグはお肉と牛乳の臭みを消して、香りを引き立てるんだ~」
「ましろちゃん、すごいね!
お料理はもうましろちゃんにお願いするしかないかも……」
「えへ……えへえへえへ。も、もっと褒めてぇ~」
まさかここまで好評だとは思わなかった。
実は百合漫画で料理イベントを描いた時に詳しくなった……とは説明できないけど、ここまで喜んでもらえるなら、もっといっぱい調べものをしたくなってくる。
美少女たちの笑顔に囲まれ、私の百合作家人生で、今この時が最高の幸せかもしれない。
この時は、まだそう思っていた――。
△ ▲ △
百合作家人生の最高のひと時は、すぐに更新されることになった。
なぜなら四人でシャワー室に行くことになったからだ。
女の子同士が裸で同じ空間にいる。
……これを最高と言わずして、なんと言おう!
でも同時に、私には悩みがあった。
……自分のスタイルがあんまりよくないのだ。
長年のインドア生活がたたって、お腹まわりと二の腕、そして太ももがなかなかにヤバイ。
それに対して、ほたか先輩は言わずもがなの引き締まったアスリート体型だし、千景さんはお胸がおっきいし、抱き着いた時に分かったけど腰のクビれが素晴らしい。 そして、剱さんも高身長のスーパーモデル体型で、引き締まったボディには憧れずにはいられない。
最高の素材に囲まれつつ、自分の体のだらしなさを恥じずにはいられなかった。
「ましろちゃん、早くおいでよぉっ!」
私が更衣室でモジモジしていると、ほたか先輩が笑顔で手を握る。
「うわわわわっ。ほたか先輩、引っ張らないでぇぇ~~」
慌てふためいてシャワー室に入ると、途端に集まる視線。
今は登山部のみんなしかいないけど、恥ずかしすぎて個室に飛び込んだ。
個室には扉はないけど、パーテーションで区切られてるので通路からは見えない。
せっかくのシャワーイベントなのに、私はなんて度胸がないんだろう。
そりゃあ極端に太ってるわけじゃないけど、自信を持ってみんなの前に出るためにも、もう少しトレーニングを頑張ったほうがいいかもしれない……。
ひとまず今はシャワーを浴びよう。
温かな雨が降り注ぎ、汗だくの体を癒すように染みわたる。
運動は辛いけど、だからこそのシャワーの気持ちよさだと思うと、悪くないかもしれない。
そして明日は
部活の初日にバテて、あえなく途中で脱落してしまったお山への再挑戦だ。
あれから二週間以上トレーニングを積み重ねてきて、ちょっとずつだけど体力がついてきた。
はじめの頃はジョギングでも横腹が痛くなって途中棄権してたけど、今は最後まで走れてる。
自分でも不思議だけど、同じ山に登るなら、今度は頂上に立ちたいと思うようになっていた。
その時、降り注ぐシャワーの音に交じって、誰かの声が聞こえてきた。
「シャンプー、使う?」
「あ、はい。ありがとうございます~」
私はシャワーに打たれながら、声がする方に手を伸ばす。
体の汗はだいたい流せたけど、髪の毛は少しベトついてたので、シャンプーはありがたい。
私は頭を泡立てながら、ほっと息をついた。
「……って、ほたか先輩? なんで入ってきてるんですかぁ~!」
私は息が止まりそうなぐらいにビックリして、振り返る。
そこには――まあ当然なんだけど――素っ裸のほたか先輩がいた。
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