第四章 第三話「学校キャンプは賑やかに」

 ふと熱い視線を感じて、あたりを見回したとき……。

 その視線の方向には剱さんが立っていた。


「剱さん? ……どうしたの?」


 そうたずねると、急に真顔になる。


「別に。……日が暮れる前にテントを張るんだ。しゃべってないで、ペグ打つぞ」


 そう言って剱さんは私に詰め寄り、私の手に何本もの金属の棒とプラスチックのハンマーを握らせる。金属の棒は、端っこがフックみたいに丸くなっていた。


「それがペグとハンマーだ。アタシが教えてやるから、ペグ打つぞ」


 そして、私が反応する前に強引にテントまで手を引いていく。


 これは……なんなのだろう?

 私と千景さんを引き離そうとしてる感じにも見えなくない。

 そう言えば、昨日までの部活ではこんな感じはなかった。

 昨日までと違うことと言えば、それは一つしかない。

 ……私が千景さんと友達になったことだ。


 その時、とあるヒラメキが天から降ってきた。


 まさか剱さんって、私のことを……好きってこと?


 いやいや、まさか。

 さすがに私が百合恋愛脳だから、そんな風に感じるだけだ。


 っていうか、千景さんと友達になれたからって調子に乗りすぎか、私!

 好きこのんで現実の私に興味を持つ人なんてありえない。

 いくら絵を頑張ってるって言っても、その頑張りはネットでしか見せてないのだから。



「空木、なにやってんだ……?」


 私が一人でうめきながら頭を振りかぶってると、剱さんの冷静なツッコミが飛んできた。


 いけないいけない。

 今はテントを張る真っ最中だった。

 私の手にもペグが握られてるままだ。


「そういえばペグを打つんだった。……これ、地面に打ち込めばいいの?」

「ああ。テント本体と張り綱を地面に固定するんだ。ペグ打ちは一番大事だぞ」


 すると、フライシートを広げてる千景さんとほたか先輩が深刻そうに私を見た。


「……ペグを打たなかったせいで、テントを壊したお客さんが……いた」


「お姉さんも知ってるよぉ……。

 ちゃんとペグを打たないまま強風にあおられると、テントに変な力が加わってポールが折れちゃうんだって……」


 なんか、三人がかりで圧迫してくるので、ペグ打ちがすごく責任重大なことに思えてくる。


「な、なんかプレッシャーですよぉ……」


「失敗したら、明日にはテントが壊れてるかもしれないぞぉ~」

「あぅぅ……。頑張るよ……」


 すると、ほたか先輩が私の背中に寄り添ってくれる。


「大丈夫、大丈夫。お姉さんが最終チェックするから、心配ご無用、だよっ!」

 そう言って、ほたか先輩は微笑んでくれた。



 △ ▲ △



「出来た! テントが出来ました!」


 すべてのペグを地面に打ち終わると同時に、テントが無事に完成した。

 張り綱もフライシートもたるみなく張られ、我ながらいい仕事をやり切った気分になる。

 点検していたほたか先輩も、満面の笑みでうなづいてくれる。

 これだけきれいに張れているのなら、台風が来てもへっちゃらに違いない!


「ペグは四十五度に打ち込む! 覚えたよ!」


「ああ。そうすれば抜けにくいからな」


「あ……。そういえば、テントって一〇分以内に張らなきゃダメだったんだ……。

 始めてから四〇分はたってるし、不安になってきたよぉ……」


「ま、初めてだから、仕方がないんじゃね? 練習すりゃいいだろ。

 ……しっかし空木って、手先が器用だな。

 ペグ打ち初心者なのに、ハンマーで指を叩かないのは大したもんだよ」


「そうかな。……えへへ。あまり褒めても、何も出ないよぉ~」


 絵を描くからか、指先が器用な自信はある。

 ストレートに褒められるとニヤニヤしてしまう。


 そして、夕日の中でニカッと歯を見せて笑う剱さんが、なんかかっこいい。

 よく見ると顔立ちは整ってるし、金髪もとってもきれいで、見ようによっては私好みの美少女かもしれない。



 その時、ほたか先輩が両手に玉ねぎを抱えてやってきた。


「じゃあ、ましろちゃん。その器用な手先でお野菜を切ってもらおうかなっ」


「玉ねぎ……。何を作るんですか?」


「夕ご飯はクリームシチューだよ~」


「シ……シチュー……!」


 いきなり千景さんが反応した。

 目が大きく見開かれ、興奮しているように見える。


「千景さん……。シチューがお好きなんですか?」


「牛乳の料理……好き。……むしろ牛乳が、好き」


 そう言って、千景さんはこくこくとうなづいている。


「牛乳を使った美味しいお料理を作れば、隠れたままの千景ちゃんも出てきてくれるかなぁって思って決めたの!

 名付けて『天岩戸あまのいわと大作戦』でした~。

 その前に出てきてくれたけどねっ」


 ほたか先輩は舌をペロッと出して、はにかんだ。

 やっぱりほたか先輩も千景さんを心配してて、色々と考えてくれていたわけだ。


 すると、千景さんがおもむろにザックから何かを取り出す。


「これ、使って」


 千景さんが持っているのは小さな牛乳のパックだった。『常温保存可能品』と書いてある。


「へぇぇ~。冷蔵庫に入れなくていい牛乳なんて、あるんですねぇ~」


 私が感心していると、千景さんの動きが止まらない。

 ザックからは次から次へと……なんと十本もの小さな牛乳パックが出てくるのだった。


「……あの。千景さんは夕ご飯がシチューって知ってたから、牛乳を持ってたんです……よね?」


「違う。……いつも持ち歩いてる。……明日も飲もうと、思って」


「そ……そんなに好きなんですか?」


 そう尋ねると、千景さんは少し恥ずかしそうにうつむき、小さい声で答えた。


「牛乳は……背が、伸びるから」


 可愛い!

 モジモジしている千景さん、可愛い!


 あまりの可愛さに勝手に抱きしめようとしてしまう腕を、私は理性で必死に食い止める。

 一見すると小学生にも見える背の低さだけど、千景さんはやっぱり気にしてたんだ。

 身長は牛乳と無関係で、むしろ遺伝に左右されるはずなんだけど、その事実は黙っておくことにしよう。

 千景さんの幸せのためにも、美味しいクリームシチューを作ろうと決心した。



 △ ▲ △



 私が野菜を切ってると、剱さんがお鍋を持ってやってきた。

 お鍋には水に浸されたお米が入っている。


「……あれ。もしかして、お鍋でご飯を炊くの?」


「ああ。アタシがキャンプするときはレトルトなんだけどさ。

 大会じゃレトルト禁止なんだと」


「へぇぇ。なんか色々とルールがあるんだねぇ……」


 これはいわゆる『飯盒はんごう炊爨すいさん』という奴なのだろう。

 私が知っているのはアニメで見たことのある『飯盒はんごう』と呼ばれる楕円形の黒いお鍋だけど、剱さんが持っているのは円筒形の銀色のお鍋だ。

 ほたか先輩を見ると、小さなガスボンベの上に何かの器具をつなげている。


「それは何ですか?」


「これはねえ、シングルバーナーって言うの。

 こうやって金属の板の部分を広げて放射状に固定して、下にガスボンベをつなげると……ほら、ガスコンロになるんだよっ」


 小さく折りたたまれていた金属の器具が、あっという間に立派なコンロに早変わりした。

 先輩は二つ目のコンロもセットすると、二台のコンロの周りを風よけの板で覆い、鍋を置く。

 一つはシチューの鍋用で、もう一つはお米の入った鍋用のコンロだ。


「じゃあ、ご飯はボクが……」


 千景さんがご飯の方のコンロに火をつけようとすると、ほたか先輩が首を振った。


「千景ちゃん。ここはお姉さんにま~かせてっ!

 今日の夕ご飯はおもてなししたいの~!」


「う……うん。……じゃあ」


 そして、ほたか先輩はとても真剣な表情でお米の入ったお鍋のほうのコンロに火をつける。


 やっぱりお米を炊くためには火加減がとても大事なのだろう。

 ほたか先輩のいつもは見られない鋭い視線は、なんだかカッコよかった――。



 △ ▲ △



 結果から言うと――ご飯は炭化した。


「うわぁ~ん……ごめんなさい……。また失敗しちゃったぁ……」


「元気を出して、梓川さん……。なんかこうなる気がしてたのよぉ……」


 書類仕事が終わったばかりの天城先生がやってきて、ほたか先輩を慰めている。

 あんなに自信満々だったほたか先輩は……しょんぼりして見る影がなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る