第四章 第二話「テントを張ってみよう!」

「千景ちゃん、ましろちゃん。いつもより早いゴールだねっ!」

「おう、テント張るぞー。予行練習ってことで、ユニフォームでやるんだってさ」


 先に部室に戻っていた二人はもう大会用のユニフォームに着替えていて、棚からテントの部品が入った袋を下ろしているところだった。


 そう。

 今日はこれから、学校で一泊のキャンプなのだ。

 天城先生が急に思いついたことなのでキャンプ場を借りる暇がなく、校庭でテントを張ることになった。

 明日は土曜日なので、午前中はみっちりと大会用のテスト勉強。

 そして午後からは弥山みせんへのリベンジ登山なのであった。



 ジョギングして汗だくになってるので、私と千景さんも大会用のユニフォームに着替える。

 千景さんは以前の登山のときとは違い、黒い短パンを選んでいた。


「ましろさん……どう?」


 千景さんは私にユニフォーム姿を見せながら微笑んだ。


「おお~、黒にしたんですねっ! すごく似合ってて素敵です~」


「ましろさんが……黒もいい色だって、言ってくれたから」

「千景さん……」


 そう言えば以前の千景さんは色に悩んでたけど、今日はすぐに黒を手に取っていた。

 黒と言えば、千景さんにとっては現実の自分を象徴する色なのだ。それを悩まず選んだってことは現実の自分を受け入れたってこと。

 私は胸の奥が震えるのを感じて、千景さんを抱きしめずにはいられなくなった。


「むぐぅ……。ま、ましろさん。苦しい……。

 背が低いので……顔が、胸に、埋まる……」


「あわわ……っ! ごめんなさ~いっ」


 千景さんは背が低いので、並び立つとお顔がちょうど私の胸の高さになる。

 胸から離れてぷはぁと息継ぎをする千景さんを見て、なんだか可愛いなって思った。


「あれっ? 美嶺ちゃん……、お顔が赤いけど大丈夫? 熱でもある?」


 ほたか先輩の声で振り向くと、確かに剱さんの顔が赤い。


「ホントだ……。体調とか、大丈夫なの?」


「き、気にすんな! 走ったせいだし、ぜんっぜん元気だし!

 ……アタシよりも伊吹さんを心配しろよ。また胸に埋まってんぞ!」


 剱さんは首を横に振りながら、私の胸元を指さす。

 気が付けば、私は無意識にまた千景さんを抱きしめているのだった。



「そういえば千景ちゃん……簡易テントツェルトから出てきてくれたのは嬉しいけど、何かあったの?」


 ほたか先輩も聞いてくるけど、この問いには絶対に答えられない。

 昨日の千景さんとのやり取りは、説明するにはちょっと恥ずかしすぎる。


「いやぁ……。ねえ、千景さん。えへへ」


 言葉を濁しながら、「絶対に秘密ですよ」の目配めくばせを千景さんに送ると、千景さんも同じ想いだったようで小さくうなづいてくれる。


「……いつまでも……隠れてると、迷惑と思った……から」


 そう言いながらも、千景さんは少しだけ頬を染めて照れているようだ。

 昨日の出来事は私と千景さんだけの秘密。

 こんなドキドキが手にできるなんて、相談にのってくれたリリィさんには感謝してもしきれないぐらいだ。


 すると、ふいに剱さんが私の肩を叩いた。


「……まぁ、空木がうまくやったってことだろ。……伊吹さんのために、頑張ったんだな」


 なんだか彼女らしからぬ温かい言葉に驚いて見つめると、剱さんはプイっと顔をそらして離れて行ってしまった。

 剱さんはそっけないし、怖いところがある。

 ……でもだからこそ、この言葉は意外だった。


 そういえば剱さんの事は何も知らない。

 いつも怖くて避けてたけど、考えてみれば一度も嫌なことをされた覚えはない。

 同じ部活の仲間として、彼女のことが知りたくなってきた。


 彼女の背中をほおっと見つめていると、ほたか先輩が注目を集めるように手を叩いた。


「じゃあ、さっそくテントを張ってみよっか!」



 △ ▲ △



 私たちは校庭の一角、ちょうど水飲み場の隣に荷物を運び出した。

 西の空を見ると、太陽が空を真っ赤に染めている。

 すでに下校のチャイムが鳴り、他の運動部が続々と校庭から去っていくところが見えた。


 ちなみに天城先生は忙しそうに職員室で何かをやっている。

 ほたか先輩によると先生も審査員として大会に参加するらしく、書類仕事に追われているようだった。

 大会では先生も一緒に歩くということで、登山部の顧問って結構大変なのかもしれない。



「千景ちゃ~ん、もう人もいなくなったし、大丈夫だよっ!」


 ほたか先輩が遠くに手を振ると、校庭の隅に生えている樹の影から千景さんが顔をのぞかせる。

 校庭でテントを張るのが恥ずかしいので、千景さんは隠れてしまったのだ。

 きょろきょろをあたりを見回しながら出てくる姿が、愛おしくてたまらない。


「空木……。ぼーっとしてないで手伝ってくれ」


 剱さんの声で我に返ると、ちょうど袋から黄色いシートの塊を引っ張り出しているところだった。

 言われるがままにその塊を広げると、細いロープが何本もくっついている。


「それはテントの本体だよっ。ここにグランドシートを広げたから、その上に広げよっか!」


 ほたか先輩はモスグリーンの丈夫そうなシートを指さした。

 私と剱さんは二人がかりでテントの本体を運び、グランドシートを覆うように広げる。テントは雨ガッパのような手触りで、以前に部室で見たツェルトとは異なり、とても丈夫そうだ。

 その本体の上に、千景さんが金属の棒をいくつも置いた。


「これがポール。……テントの、柱」

「へぇぇ~。なんかヌンチャクみたいですね!」


 ポールと呼ばれた金属の棒は筒状になっており、中を通っているゴム紐でいくつかの棒がつながっている。その見た目はカンフー映画で観たヌンチャクのようだった。

 その短い棒同士をつなげて組み立てていくと、合計で五本の長い棒が出来上がる。

 一本だけ色も長さも他と違うポールがあった。

 テント本体を見ると筒状になった部分があり、ちょうどポールが通せるようになっている。


「ほたか先輩。このポールをテントの穴に通していけばいいんでしょうか?」


「そうそう。通したら、端っこをテントの隅にある穴に固定するの。

 ポールがしなってテントが膨らむんだよ。

 一本だけ色が違うポールがあるけど、それは入り口のアーチ用なの~」


「すべてのポールを……一気に固定するのが、大事」


 そう言いながら、千景さんは六か所ある角の一つに棒の端っこを固定している。


「えっと、……この穴に差し込めばいいのかな?」


 私は見よう見まねで、ポールの先端の突起をテントの角にあるベルトの穴に差し込んでみる。


「みんな準備できたら、一斉にポールを押し込むよ~。

 お姉さんの掛け声で押し込んでねっ」


「アタシのほうはいつでもオッケーっす」


「じゃあ行くよ~。いっせーの!」


 ほたか先輩の掛け声で一斉にポールを押し込むと、さっきまでペタンコだったテントが一気に立体物に変わっていく。

 そして、ちょうどお椀をさかさまにしたような丸い形のテントが出来上がった。

 なんか、丸くて可愛い!

 黄色と銀色っていうところもきれいだと思う。


「じゃあ、ペグを打って固定する人と、フライシートを固定する人に分かれよっか」


 そう言いながら、ほたか先輩はもう一枚のシートを地面に広げはじめた。


「あ、もう一枚重ねるんですね」


「これはフライシートっていうの。

 ……テントにとってのカッパのようなものなんだよ。

 防水はもちろんのこと、テントの中が結露けつろするのを防いでくれるの」


「どういうことですか?」


 私が興味津々きょうみしんしんでたずねると、千景さんがテント本体の天井部分を指さした。


「ここ。天井は穴をあけて、メッシュだけにできる。

 ……中から湿気が逃げてくれるし、フライシートをかぶせておけば、雨が入らずに、済む」


「へぇ~。テントって、かなり機能的にできてるんですね!」


「うん。メーカーの……努力の結晶。……すごい」


 そう言って、千景さんは嬉しそうにうなずく。

 さすがは道具屋さんの娘さん。道具を褒められるだけでも嬉しいのかもしれない。

 そして、彼女の笑顔が見れるだけでも私は嬉しくなった。



 その時、どこからか視線を感じた。

 あたりを見回すと、視線の先には剱さんがいる。

 ……なぜだか、彼女の視線には熱いものを感じずにはいられなかった。

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