第四章「縁結びのお山」
第四章 第一話「ふたりの同盟」
翌日の放課後。
千景さんが部活に復帰後の初めてのトレーニングなので、私はうきうきした気分でジョギングを楽しんでいた。
運動嫌いの私が笑顔でいられるのは、隣で千景さんが一緒に走ってくれるからだ。
ちなみにほたか先輩と剱さんは、どっちが速いのかと競争するように走り去っていった。
生粋のアスリートは勝負事が好きなのだろうか?
剱さんはチームワークが苦手なんて言ってたけど、ほたか先輩とは気が合っているらしい。
最近は二人とも、いつも長距離走とは思えないスピードで走ってて、筋トレもどっちが多くできるのかチャレンジしている。
今日なんてほたか先輩と剱さんはレースするように走り去っていったので、私と千景さんは後からゆっくりついていくところなのだ。
「ほたかがすごいのは……知ってたけど。……美嶺さんも、すごい」
もう見えなくなった背中を見つめ続け、千景さんは感嘆のため息をついた。
私にはもう日常茶飯事だったけど、そういえば千景さんはしばらくテントに隠れてたので、この光景を見るのは初めてなのだ。
「ボクは……体力ないから、もっと頑張らないと……」
「あれ? 千景さん、このまえの登山では全然疲れてなかったですよ?」
すると、首を横に振って否定する。
「これで……限界。
……いつもお店の手伝いがあって、トレーニング時間、確保できてない」
てっきり私のペースに合わせて走ってくれてると思ってたので、意外だった。
「……あれ? じゃあ、その弥山でバテた私って、なんなんだろう……」
すると千景さんは「コツがある」と言って、微笑んだ。
「登山では……歩き方が大事。
なるべく小さな歩幅で、無理に足を上げない。
階段があっても、無理に……使わなくて、いい。
ましろさん……大股歩きだったけど、それ……疲れる」
「大股……でしたっけ? 無意識に歩いてたので……」
「うん。太ももは上げすぎず、小さな歩幅で、歩く。
姿勢もなるべく、下を向かないように」
そう言えば急な斜面だと太ももを振り上げてた気がするし、疲れてた後半は膝に手をつきながら登ってた気がする。
自分から疲れる歩き方をやってたわけだ。
私が大きくうなづいていると、千景さんが真剣な目で私を見た。
「そう言えば。……ましろさん、体力ついてきてる」
「あぅ? ……そ、そうですか?」
「うん。……ジョギングしながら、お話、できてる。……がんばってる」
「えへ……えへえへえへ……。褒められちゃったっ」
そう。
この二週間、自分なりに頑張ってトレーニングを続けてたのだ。
トレーニングし始めた頃は呼吸が乱れすぎて肺が壊れるんじゃないかと思ってたけど、今日はおしゃべりしながら走れている。
なんだかんだで体力がついてると分かって、嬉しくなった。
私がニヤニヤしていると、千景さんは「それでも、もし……」と話を続ける。
「もし大変な時……ほたかが『仲間を頼ってね』って、言ってた」
「頼る……ですか?」
「うん。山は助け合い。
特にボクたちはチームだから、荷物を分担すればいいって」
山は助け合い……。温かいほたか先輩らしい言葉だ。
「でも……」
「あぅ? どうしたんですか?」
千景さんが急に口ごもったので心配になる。
すると、さらに小さな声でつぶやいた。
「そ……相談は……ハードルが、高い。
……に、荷物を持って……なんて、言えない」
「あぁぁ……。それは分かりますよぉ。
……私も言い出せずに無理して、バテちゃいそう……」
物事の基本は『
ほたか先輩なら相談しても嫌な顔はしないと思うけど、相談すれば負担をかけるわけで、なんか悪い気がするのだ。
でも、相談できなければ失敗を繰り返しそうだし、余計な迷惑をかけることになる。
私は千景さんに向き直った。
「じゃあ、体力ないもの同士、協力し合いましょう!」
「……協力?」
「自分だけで抱え込むから悩んじゃうんですよ。
お互いに体力が同じぐらいなら、似たようなタイミングで疲れるだろうし、お互いを気にかけられるかなぁって……」
自分の事だと無理してしまいそうだけど、千景さんが疲れてるのがわかったら、気兼ねなく相談できそうな気がする。
千景さんも大きくうなづいてくれた。
「……それは、確かに。
……もしましろさんの顔色が……悪かったら、ほたかに……相談する」
「えへへ……。なんか同盟みたいですね。体力ない同盟!」
「そ、その名前は……本当だけど、恥ずかしい」
確かに自分のネーミングセンスを疑いたくるほどだ。
私は頭を振り絞って考える。
その時、目の前の千景さんからヒラメキが訪れた。
登山と言えば『ザック』……千景さん風に言えば『バックパック』だ。
私たちはバックパックを背負う大変さを分かち合い、苦難を超えていく女の子……。
「……じゃあ、バックパックガールズ同盟ってどうでしょうっ?
荷物を背負って歩く大変さを、二人で分かち合うんですよ。
荷物と言えばバックパックですし!」
「バックパック……ガールズ……。
とても、登山部っぽい。
……恥ずかしく、ないし」
千景さんはかみしめる様にうなづいている。
気に入ってくれたみたいで、小さな声で「バックパック……ガールズ」と繰り返していた。
そして気が付けば、いつの間にかジョギングコースのゴールにたどり着いているのだった。
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