第一章 第二話「憧れの美少女」

  唐突に教室の扉が開き、一人の女の子が入ってきた。


 腰まで届くほどの長いおさげ髪が二房、足取りと一緒に軽やかに揺れている。

 小動物のような黒目がちの目が可愛いくて、目を奪われるほどの美少女だった。

 彼女が誰なのか、この美少女ハンターの私が知らない訳がない。


 梓川あずさがわほたか先輩。


 二年生で、スポーツ万能で頭がよく、友達も多い。

 私の目から見ても、間違いなくこの学校ナンバーワンの可愛さだ。

 ……ちょっと変って噂を聞いたけど、たぶん気のせいだろう。


 とにかく、あふれんばかりのお姉さんオーラと完璧な外見をあわせもった美少女の存在を知り、入学直後から私の美少女アンテナは彼女に向きっぱなしだった。


 そんな高嶺たかねの花のほたか先輩が、何の用なのかこんな補習クラスにやってきたのだ。


「あらぁ、梓川さん。どうしたのかしらぁ?」

「先生。ちょっとご相談が……」


 そう言って、ほたか先輩は先生に耳打ちする。

 二人は小声で何かを話しこんだ後、先生はおもむろに私たちを見た。


「空木さんと剱さん。二人とも山登りに興味はな~い?」

「あぅ? なんですか、突然……」


 急に言われてビックリする。

 剱さんも気になるのか、眠そうに目をこすりながら起きた。

 天城先生は私たちが注目したのを見計らい、説明を始める。


「女子登山部がちょうど二人足りないの~。

 入部すれば補習を免除するけど、どうかしらぁ~?」


 補習を免除っ?

 ……その魅惑の言葉に気持ちがきたったけど、すぐに我に返った。


「山登りはちょっとぉ……」


 登山なんて親の世代のレジャーだと思う。

 女子高生には何の縁もない気がする。


 私は怪訝けげんな顔で違和感を示したけど、天城先生はお構いなしに話を続ける。


「特に空木さんは無気力っぷりが心配なのよぉ。

 気分転換も兼ねて、お外に出ましょっ」

「えぇぇ……。私はインドア派なので、アウトドアとか嫌ですよぉ……」


「だからこそよぉ~!

 いい機会だから、知らない世界に触れてみるといいわぁ。

 そしたら、何かが変わるのかもっ!」


 確かに私の根本の問題は無気力さなんだけど、天城先生はなかなか強引だ。

 剱さんもさすがに怪しんだのか、いぶかしげな表情で先生をにらみつけた。


「っつーか、そんなセンセーの独断で補習免除とか、言っちゃっていいんすか?」


 剱さんの当然の疑問に、天城先生は事も無げにうなづく。


「大丈夫よぉ~。登山部は創設者の校長が守ってくれるので、色々と優遇されているのです~」

「はぁ? なんすか、それ……」


「ここだけの話、校長は山好きなの。登山部で頑張る姿が校長の目にとまれば、ご褒美がもらえること、うけあいよぉ~」


 先生の話しぶりは怪しげな勧誘にも似ている。

 でもこの学校の先生の言葉だし、言葉に責任ぐらいはあるに違いない。


 だけど、そうは言っても山登り……。興味ないし、めんどくさいし、疲れそう。

 私は巻き込まれたくなくって、先生から目をそらす。


 すると、ほたか先輩が私の前にしゃがみこみ、唐突に私の手を握りしめた。


「あなたはましろちゃん! そして、金髪のあなたが美嶺ちゃんだよねっ」


 私は「ふひょっ」と変な声を出してしまい、慌てて息を飲み込む。

 憧れの先輩の指が私なんかの手に触れて……くすぐったい。


「な、なんで私の名前……?」

「天城先生に聞いてたの!

 何かの才能がありそうなのに、もったいない子たちがいるって」


 先生が私たちをそんな目で見てたなんて意外で嬉しかったけど、創作活動の事は誰にも秘密にしてるので、ただの気のせいだろう。


「さ、才能なんてないですよぉ……。

 私なんて注目に値しないモブキャラみたいな奴なので。その辺に生えてる道端の草みたいに思っていただければ十分ですよぉ……」


 私が自嘲じちょう気味に話していると、ほたか先輩は首を横に振る。


「自分のことを草だなんて、言わないで欲しいなっ。それに道端の草はお山の土を崩れないように支えてくれる、とっても大事な物なんだよ。

 だから、ましろちゃんも自分のことを注目に値しないとか、悪いようには言ってほしくないな」


 先輩の瞳と手はとても温かで、優しさに満ちている。

 それに言葉遣いがどことなくリリィさんの文面に似ていて、私はドキドキし始めた。


「ねえ、ましろちゃん。補習ばかりは疲れるし、気分転換に、一緒にお山に登ってみない?

 女の子だけでキャンプするのは楽しいし、やってみないと分からないことも、たくさんあるよ~」


 その柔らかな声は陰気な私を癒してくれるようで、胸が熱くなってきた。

 だからなのか、そのお誘いにうなづいてしまう。


「じゃ、じゃあ……お話を、聞くだけでも……」



 この時にキッパリ断っておけば、校長先生の無理難題に巻き込まれることなんてなかった。


 でも思い返しても、断るのは無理だったと思う。

 だって、憧れのほたか先輩とお近づきになれるチャンスだと思ってしまったから。

 狭いテントの中で美少女とイチャイチャできると思ってしまったから。


 私が美少女大好き人間だったせいで、

 断る選択肢なんて、最初からなかったのだ――。

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