バックパックガールズ ~お絵描き娘、美少女につられてお山を目指す~

宮城こはく

第一章「なんで私が登山部に?」

第一章 第一話「からっぽのましろ」

「山登りでインターハイッ? ……しかも成果を出せ、ですか~っ?」


 自分の口から飛び出した言葉なのに、私……空木うつぎましろには、その意味が飲み込めなかった。

 高校に入学して、いきなりこんなことを言われて耳を疑う。

 私は山登りなんてしないし、そもそも運動嫌いのお絵描き女子だ。

 パソコンどころか電気のない山になんて行きたくないし、風景画にも興味はない。


 可愛い女の子の絵や漫画が描ければ幸せなのに、私の目の前には可愛いとはほど遠い、筋肉ムッキムキの校長先生が立ちふさがっていた。

 スカートをはいてなければ女性と気づかないぐらいにたくましい。

 しかも狭い登山部の部室の中で迫られてるから、どこにも逃げ場がなかった。


「私、登山部の部員じゃないですぅぅ……」

「我が校は部活必須。そして欠員があるのは登山部だけなのさ。

 ……だから、どこにも所属していない空木君には入ってもらうよ!」


「あぅぅ……。横暴ですよぉ。

 それに私の名前……、なんで知ってるんですか……?」

「当然さ。可愛い我が校の生徒。全員の名前と顔を覚えているよ」


 校長先生は「はっはっは」と高らかに笑うだけで、まるで相手にしてくれない。

 すると、金髪で長身の女子が話に加わってきた。


「もし成果ってヤツが出せなかったら、どうするつもりなんすか?」


 彼女の名前はつるぎれいさん。

 同じく高校の一年生で、中学校の頃から不良と名高い女子だ。

 彼女も部活に入っていなかったせいで、登山部に入れられようとしてる。


 剱さんは目を吊り上げて威嚇するけど、

 校長先生は余裕たっぷりの笑みを浮かべた。


「ああ、我が校はすべての部で全国行きを目指しているっ!

 もし次のインターハイ予選で素晴らしい成果を出せなければ、来年のために完璧な筋肉を身に着けてもらうつもりさっ!

 アタシ直々に鍛えさせてもらうからねぇ~」


「それって……ムキムキマッチョになるってことですか?」


 私が聞くと、校長先生はこれ見よがしに力こぶを作り出す。


「……その通り。筋肉はすべてを解決するからねぇ! はーっはっはっは」


 なんか楽しそうに高笑いしてるけど、そんなの嫌に決まってる!



 入学早々、学校生活が大変なことになっちゃった。

 なんでこんなことになったんだっけ?

 私は頭を抱えながら、一時間前を思い出すのだった――。



 △ ▲ △



 私はそもそも、運動が苦手だ。

 運動部に所属したことなんてないし、球技に挑めばボールにもてあそばれる始末。体力がないのはもちろん、テクニック的なものはからっきしダメだった。

 かといって、勉強ができるわけでもない。

 なんのエンターテインメント性のない教科書なんて、見るだけで眠くなってくる。


 ……そんな私が唯一得意とするのはイラストと漫画だった。

 可愛い女の子がイチャイチャする漫画を描いていて、私自身も校内でついつい美少女の後をついて行ってしまうほどの美少女好き。

 ネットに投稿している漫画は私の美少女リサーチ力が功を奏したのか、固定ファンがつくぐらいには人気になってきていた。

 だけど、中学三年の時に創作の趣味がクラスの人にバレてからスランプに陥り、何も描けなくなってしまった。

 絵を描くたびにみんなのドン引き顔がちらつき、集中できなくなったのだ。


 出口の見えない暗闇の中で、進んでいるかどうかも分からない日々が続くだけ。

 今の私は『空木うつぎましろ』という名前の通りに、真っ白な紙に何も描けずにいる中身がからっぽのダメ人間なのだ。



 ため息交じりにスマホのスイッチを入れると、最後に開いていた画面が開く。

 SNSアプリのダイレクトメッセージの画面だ。


『自分のことをからっぽだなんて、言わないで欲しいなっ。

 生活環境が変わったなら、昔の事に引きずられるのはもったいないよっ。

 私はスノウさんの作品が大好きだし、自信を持って欲しいな。

 それに、笑いは人の薬! 空元気でも元気になれると思うよ~』


 ……そんなメッセージを受け取ったまま、

 返信できずに一週間がたとうとしていた。


 送り主はリリィさんという名前の、ネットで知り合った友達。

 そしてスノウとは、ネット上の私の名前。

 お互いに本名も何も知らない同士だけど、好きな作品を語り合っているうちに意気投合し、いつの間にか個人的な相談もできる仲になっていた。


 ちなみに私の百合ガールズラブ系の漫画を好きでいてくれるし、『百合リリィ』を名乗ることから、リリィさんも百合好きに間違いない。

 スランプで絵が描けなくなってから半年もたつのに、リリィさんだけがこうして私に温かいメッセージを送ってくれていた。

 現実やネットをひっくるめて、私の理解者はこの世界でリリィさんしかいないように思える。


 私はもう一度、スマホの画面を見下ろした。


『自信を持って欲しいな。

 それに、笑いは人の薬! 空元気でも元気になれると思うよ~』


 笑いは人の薬……。何かのことわざだろうか?

 リリィさんはたまに難しいことを言う。

 それにしてもリリィさんのメッセージは本当に嬉しい。

 今までの努力した日々を含め、私自身をすべて肯定してくれるようだ。


 そんな嬉しい言葉をもらえたのに、絵が描けないまま、ネットに投稿するのが怖くなってる自分がふがいない。


『笑いって大事だね! おかげで、もう元気!

 新作の準備中だから、公開はまだ先かな~』


 ……そんな嘘の言葉で返信しようとした時、ポンと肩を叩かれた。



 慌ててスマホを机の引き出しに隠し、後ろを振り返る。

 そこには薄緑色のカーディガンを羽織った大人の女性が立っていた。


「あらあら~? 空木さ~ん。今は何の時間か、分かってるかしらぁ~?」


 この人は天城あまぎみどり先生。

 私のクラスの担任であり、放課後の補習クラスの担当でもある。


「……あの、その。……補習中、です……」


 そう、今は放課後の補習時間。

 入学直後のテストでいきなり赤点を取り、受ける羽目になってしまったのだ。


 中学時代の同級生から逃げるように私立の難しい学校を受験したけど、この八重垣やえがき高校はさすがの進学校。入学してからもハードルが高かったわけだ。

 しかもどうやらこの補習授業、次の中間テストまで続くらしい。

 もちろん、中間で赤点なら期末まで。

 期末でダメなら、その先も……。

 考えるだけで憂鬱ゆううつになってくる。


 うんざり気分でスマホを消すと、暗くなったガラス面に現実の自分の顔が映った。

 寝不足気味でさえない顔。癖っ毛の髪。インドア生活のせいで、ちょっと横幅が気になる。

 ひとまず見れば見るほどに地味で、物語の主人公とは縁のない姿だ。

 本当にガッカリ気分で先生に向き直ると、先生も腕を組んでため息をついている。


「それにしても、うちに合格するレベルなら、赤点はあり得ないのだけれどぉ……。普段の授業にも身が入ってないし、テストは空欄だらけだし、どうしたのかしらぁ?」


「別に……。受験は運が良かっただけですよぉ……」


 そう言ってみるけど、なんとなく自分の不調については察しがついている。

 創作活動のスランプを引きずったままなのだ。

 ……現実の生活が侵食されるほどに。


 こんな時に気兼ねなく相談できる親友が身近にいればいいのに、現実世界で友達はいないし、先生の目が光ってるからスマホもいじれない。


 せめて同じオタク趣味の友達がそばにいれば気が晴れるんだろうけど、さすがに「私は美少女大好きオタクです。仲間はいませんか」なんて、恥ずかしくて言えるわけがない!

 中学の時にオタクバレした事は、本当に思い出したくない過去なのだ……。


 それでもリリィさんのような友達がリアルでできたら、高校生活が幸せになるんだろうな。

 まあ、オタクが集う場所のない田舎町では、同志に巡り合うことは奇跡と言えるけど……。


 ああ……東京に生まれたかった! 切実に!

 そしたら東京のオタクの聖地・秋葉原アキバで楽しいオタクライフを過ごせるだろうし、私の性癖をさらしてもドン引きされないコミュニティが作れるのに!


 それなのに、私は遠い遠い島根県の出雲にいる。

 出雲といえば出雲大社。

 出雲大社には縁結びの神様がいるらしいけど、お参りしてても全く縁は結ばれない。

 神様はオタクに厳しいのかな?

 オタクに優しい神様は、やっぱり秋葉原アキバにいるのかな?


 私は心の底からため息をつき、うんざり気分のまま教科書を開いた。



 ちなみに、補習クラスは私一人ではない。

 もう一人……髪の毛を金色に染め上げた、長身で目つきの悪い不良少女もいる。


 彼女の名前はつるぎ美嶺みれいさん。


 剱さんも同じ中学だったけど、接点はなかった。

 おぼろげな記憶では、授業をサボったりケンカばかりしてたと思う。

 同級生を脅してたって噂もあるほどで、ほんとに怖くて仕方ない。


 こういう人に会いたくなかったから無理してレベルの高い高校を選んだのに、まさか同じ八重垣高校に入り、おまけに同じ補習クラスになるなんて思いもよらない!

 剱さんを少しでも刺激しないように、私は道端の草のように息をひそめるしかなかった。


「では剱さん、この答えは分かるかしらぁ~?」


 先生が質問するけど、剱さんは机に長い脚を投げ出したまま答えない。

 いや、動かない。

 いぶかしげな顔で先生が近づくと、剱さんはガクッと頭を揺らした。


「んあ? なんか用すか?」

「……寝てたのねぇ。珍しく顔を出してくれたと思えば……。先生、悲しいわぁ~」


「昨日は徹夜だったんで、帰るのがダルいんすよ。

 スッキリするまで、もうひと眠り……」

「ああ~ん。寝るために来たって言うの? 先生も頑張ってるのにぃ~」


 天城先生の悲鳴をよそに、剱さんは堂々と教科書を顔にかぶせてしまった。

 剱さんはビックリするほど肝が据わってる。


 体を鍛えてるようで運動はものすごく得意のようだし、赤点っていうこと以外、私とは何もかも違う。

 少しでも彼女を刺激しないように、私は息をひそめるしかなかった。



 ……そんな鬱々とした日々はこれからも続く。そう落胆していた時の事だった。

 唐突に教室の扉が開き、一人の女の子が「失礼します」と言いながら入ってきた。

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