第三章 第四話「秘密を守る大作戦!」

「なんか、いいブッ殺し方とか、ないんすかね?」


 物騒な事を言っているのは剱さん。

 そして話しかけられているのは銀髪の店員さん。……つまり、千景さんである。


 恥ずかしいなら隠れればいいのに、千景さんって自らバレようとしてるんじゃなかろうか?

 私とほたか先輩は気付かれないように近づき、棚の隙間から二人の様子をうかがう。


 すると、さっきよりも鮮明に会話が聞こえるようになった。


「そういう道具じゃなくって、アタシが知りたいのはもっと確実な武器っすよ」


 話を途中から聞いたせいなのか、何のことを言ってるのかわからない。

 なんとなく興味をそそられ、私たちは二人のやり取りに耳を傾ける。


「海外の奴に体格はかなわないとして、国内の奴なら体格差も近いし、なんとかなるっすよ」

「体が分厚いから、無理。……なのです」


 聞いていても、さっぱり内容が理解できない。


 殺し方?

 国内?

 体が分厚い? 


 剱さんはプロレスラーと戦う相談をしてるのだろうか?

 それも、山のお店で?

 隣で隠れているほたか先輩の顔を見てみるが、やはり話の内容がわかっていないようだ。


 すると、剱さんは千景さんを見下ろしてつぶやく。


「アンタぐらいにウェイトが軽いと無理だろうけど、アタシならイケるんじゃないか?」

「だ、だから……戦っては、ダメ。……なのです」


 口調がいつものたどたどしい感じに戻っている。

 語尾でなんとかごまかそうとしてるけど、いつバレやしないかとハラハラしてくる。


 もし剱さんに千景さんの正体がバレてしまったら、どうなるんだろう。

 剱さんはほたか先輩とのやり取りを思い出す限り、相手の都合を察するタイプではなさそうだ。気付けばぽろっと口に出してしまうかもしれない。

 千景さんがショックを受けても、自分のなにが悪いのか、気付きもしないだろう。


 様子を見ていると、剱さんは千景さんをじっと見つめはじめた。


「まさか、同じ・・なんじゃ……ないっすか?」


 剱さんが発した一言は、電撃のように私を貫いた。

 千景さんを見て「同じ」と言うなんて。

 体格の話から千景さんに気が付くなんて、思ってもいなかった。


「な、なんのこと話してるのかな~っ?」


 私はなるべく平静を装って立ち上がるが、慌てたせいで商品の棚に体をぶつけてしまう。

 すると、棚から何かが落ち、千景さんの足元へ転がり出した。


 慌てて視線を送れば、それはスプレー缶だ!

 千景さんは音に気付いてこっちを見るけど、ちょうど移動していたところらしく、片足が浮いている。

 その足元に吸い込まれるように、スプレー缶が転がっていった――。


 私の脳は、一瞬のうちにすさまじい勢いで計算し始める。

 スプレー缶の進路と千景さんの足の位置。この二者の巡り合いは自明の理!

 未来で転んでしまう千景さんの姿が、私のこの目にはハッキリと見えた。


 でも、まだ間に合う。

 ……私がスプレー缶を拾えば、危機は回避できる!


 一日だけとは言え、登山で鍛えたこの両脚。この筋肉を解放するのは今しかない!

 あううぅぅ! 音速を超えろぉぉ、ましろぉぉお!

 私は力の限りに体を前に押し出す。


 しかし、予想もしない位置で私の足が滑った。

 とっさに視線を落とすと、私の足の下に、もう一つのスプレー缶があった――。



 △ ▲ △



「イタタタタ……」


 盛大に転んでしまった私は、床で仰向けになりながらお尻の痛みにうめく。

 頭上では剱さんが呆れた顔をして、私を見下ろしていた。


「空木……何してんだ……」

「……剱さんが物騒な話をしてるから、気になっただけで……」


 そうつぶやいてから彼女の手を見ると、剱さんの手には二本のスプレー缶が握られている。

 缶にはクマの顔が描かれており、私がつまづいたスプレー缶も同様だった。


「山でクマと出くわしたときの撃退方法を聞いてたんだよ……。

 アタシとしては一撃必殺の武器を探してたんだけど、クマよけスプレーにしとけって言われてさ。

 店員がいくつか見せてくれたけど、全部同じに見えるんだよなぁ……」


「同じって……、そういうことだったんだ……」


 そう言えば剱さんって、修行と称して山ごもりしてるんだった……。

 空手を習ってるって話も聞いたことがあるし、思った以上に武闘派な女子かもしれない。



 すると、剱さんは「あ……」とつぶやきながら遠くに視線を移す。


「……マジすか。山部の先輩じゃないっすか。……なんでそんな恰好を……?」


 その言葉を聞いて、一気に血の気が引いた。

 剱さんの横では、ほたか先輩が青ざめた表情で震えている。


 二人が何を見ているのか、その答えは明白だ。

 私は二人の視線を恐る恐る追いかける。

 その視線の先には、銀髪が大きくずれて黒髪がはみ出た状態の千景さんの姿があった。

 しかも転んだ拍子にめくれあがってしまったのか、スカートがめくれ、薄ピンクの下着まであらわになって尻もちをついている。


「あ……あぁあ……」


 千景さんの声はふるふると震えている。

 顔を真っ赤にしながら硬直しており、恥ずかしさのあまりに思考が停止したようにも見えた。



 千景さんの秘密をまもる大作戦は完全に失敗。

 最悪の展開になってしまうのだった――。

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