第三章 第三話「千景のヒミツ」
私はほたか先輩と一緒にお店を出て、歩道の隅で周囲の様子をうかがった。
話が少しだけ長くなるから、お店の中で立ち話はまずいということだ。
「このお店が千景ちゃんのご両親のお店って言うことは……
もう気が付いてるのかな?」
ほたか先輩が真剣な眼差しで聞いてくるので、私は黙ったまま首を縦に振る。
よく見れば、外にあるお店の看板にもデカデカと『伊吹』の名前が書かれていた。
「千景ちゃんはおうちのお手伝いをしてるの。
……そしてね、まずわかって欲しいのは、学校での千景ちゃんが本来の千景ちゃんということなのっ」
「そ……そうなんですか……?」
「あの店員さんとしての姿はお店のことを想って演じてる姿で、
とても無理して頑張ってる。
ましろちゃんのことだってしっかり分かってるけど、
正体がバレてないと信じてるから、
初対面の店員さんという設定で頑張ってるんだよぉ~」
ほたか先輩は私の動揺を察してなのか、私が気になっていたことについて説明してくれた。
「千景ちゃんは、ちょっと……いや、かなりの恥ずかしがり屋さんだけど、
接客をするから普通にしゃべれないと困る……。
必死に頑張った結果、別人みたいに変身できるようになったの」
変身……。
確かに銀髪のかつらをつけて両目を出してるだけでも、ずいぶんと印象が違う。
「……でも、いつもの自分と違いすぎるのが苦しいって、千景ちゃんは言ってたの。もしこのことが知り合いにバレたら、絶対に耐えられないって……」
ほたか先輩の説明で、ようやく今日の先輩の違和感が納得できた。
学校の近くにあるイイ感じのお店なのに、妙に避けていた理由。
ほたか先輩は千景さんのお店がイヤなんじゃなくて、千景さんを守ろうとしていたのだ。
千景さんのことがわかってきたと同時に、私はなんかムカムカしてきた。
「千景さんが頑張ってるっていうことはすご~くわかりました。
……でも、そんなの可哀想ですよ!
まだ高校生の娘に無理させるなんて、親が悪いと思います!」
「違うの。
もちろん、千景ちゃんのご両親は千景ちゃんに頼らず頑張ってた。
……でも」
ほたか先輩は悲しそうな顔になる。
その表情を見て、私は察してしまった。
まさか、千景さんのご両親は……病気? 死?
私は最悪の答えさえも覚悟する。
緊張の面持ちでほたか先輩の言葉を待つと、先輩は重い口を開いた。
「お父様はね……笑顔が怖くって、お客さんが減っちゃったの……!
普通にしてても怖いから、表に出るのを禁止にされてるみたい……」
「へ?」
「お母様は千景ちゃんとそっくりで可愛らしい方なんだけどね、
口下手を隠して演技をすると、他のことがてんでダメになっちゃう極端なところがあって、お店が潰れかけたの……!」
「ふぇ?」
「そんなご両親を心配して、千景ちゃんがお店に立つようになったのが一年前……。そこからは一気にお店が明るくなって、お客さんが来るようになった。
千景ちゃんは救世主なんだよ!
……最近はようやく店員さんが増えて千景ちゃんの負担も減ったけど、千景ちゃん目当てに来る常連さんも多いから、どうしてもやめられないみたいで……」
「な、なるほど。……千景さんの足測定とか、人気なのは分かります」
まさかの、コントのような家族だった。
いや、絶対に笑っちゃだめなんだけど……。
すごくつらい境遇があるんだと想像していた分だけ、私はドッと気が抜けてしまった。
すると、ほたか先輩は私の手をぎゅっと握りしめる。
「約束してほしいの!
他の誰にも言わないのはもちろん、千景ちゃんにも気付いてることを悟られないようにしてほしいのっ」
「私は誰にも言いふらさないですよぉ。
でも先輩がそんなに必死になるなんて……。
もしバレちゃったらどうなるんですか?」
「去年、私が知っちゃったときはね……、お姉さんと顔を合わせてくれなくなっちゃったの。……本当に失敗しちゃった。
……もう、あんな辛そうな千景ちゃんには戻って欲しくないの」
「ど、どうやって仲直りしたんですか?」
すると、ほたか先輩の顔は真っ赤に染まってしまった。
「どうすればいいかわからなかったから、千景ちゃんと同じぐらいに恥ずかしい想いをすればいいと思って、誰にも言えない秘密をぜ~んぶ千景ちゃんに教えちゃった」
「な、なにを教えたんですか?」
「言えるわけ、ないよお!」
ほたか先輩は顔を手で覆い、うずくまって
先輩の恥ずかしいことが何なのか気になるけど、今は私のほうが問題だ。
もし千景さんに気付かれれば、私も自分の秘密を暴露することになってしまうかもしれない。
百合漫画のことや、千景さんとほたか先輩がモデルのちょっとエッチなイラストのことを言うことになるのかな。
千景さんの指に興奮してたことまで言う羽目になっちゃうのかな。
千景さんをまもりたい気持ちは本気だけど、同時にこれは、私をまもることでもある。
私はうずくまるほたか先輩の肩にそっと手を置いた。
「ほたか先輩! 私頑張ります! 絶対に千景さんをまもります!」
「ありがとう……」
先輩は恥ずかしさで目をうるませながら、微笑んでくれた。
△ ▲ △
とにかく、千景さんや剱さんに悟られる前にお店を出たほうがいい。
剱さん自身は常連さんっぽいのに千景さんに気が付いてないし、刺激しなければ大丈夫。
私は速攻で登山靴を買ってお店を出ることに決めた。
靴選びでは、千景さんが教えてくれたメーカーから赤い靴を選び、試し
……その結果、見た目も色も、履きこごちもしっくりくる一足を見つけたのだった。
キャラバン
初心者用の入門シューズよりも、少しだけ先を見越したトレッキングシューズ。
お気に入りの赤色で、私の登山の第一歩を一緒に踏み出す記念すべき靴だ。
「ありがとうございます! ほたか先輩がお手伝いしてくれて嬉しかったです~!」
「お姉さんは何のアドバイスもできなかったよ~。ぜ~んぶ、店員さんのおかげ!」
私たちは笑いあう。
自分だけの登山靴を抱きしめて、気分が高まるのを実感した。
あとは剱さんを連れて、お店を出るだけ。
剱さんを探そうと店内を見回すと、棚の向こうに剱さんの金髪が見えた。
……しかし、なんか恐ろしい言葉が聞こえてくる。
「なんか、いいブッ殺し方とか、ないんすかね?」
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