第三章 第二話「あかるく可愛い店員さん」

 エプロンドレスを身にまとった銀髪美少女の店員さん。

 私は歓喜して彼女をお出迎えする――。


 ……って、千景さんだよ!


 どんなに外見を変えようと、顔立ちや体つきはそうそう変えられるものじゃない。

 何よりも、胸につけてる名札が決定的だった。

 お店のロゴは「伊吹アウトドアスポーツ」だし、

 名札に書かれてる文字は「伊吹」……千景さんの苗字そのままだ。

 このお店って、千景さんのご両親のお店なのかもしれない。


 私があまりの衝撃のせいで硬直してしまっていると、銀髪の店員さんはきょとんとした表情で首をかしげている。


「登山靴をお探しなのですね。

 どのような登山を予定されているのか、お伺いしますのですっ」


 店員さんは、私が空木ましろだと知らないかのように、微笑んだまま表情に変化がない。

 そして明るく滑らかに話す様子は、小声でたどたどしく話すいつもの千景さんと全く違う。

 同じ声なのに、まるで別人としか思えない。

 私は悪い意味でショックを受けてしまった。


 こんなにキャラが違うなんて。

 そして私のことを知らないふりするなんて……。

 なんだか、スッゴク悲しくなってくる。


 私が動揺していると、ほたか先輩が私と店員さんの間に割り込んできた。


「この子は初心者なんだけどね、登山大会を目指してるの!

 いい靴ないかな、店員・・さん・・?」


 ほたか先輩は、相手が千景さんであれば当然知っているはずの情報を説明し始める。

 なによりも、銀髪の店員さんのことを「千景ちゃん」と呼ばなかった。

 仲のよさそうな先輩たちの関係性から想像する限り、こんな他人のような対応はおかしい。


 千景さんじゃ……ない?


 そう思って店員さんの顔を観察するけど、千景さんと同じ顔だ。

 双子か何かだろうか?


 そんな風に私が一人でモヤモヤと考えているうちに、いつの間にか店員さんは分厚い靴下を私の元に持ってきていた。


「登山靴はこの厚めの靴下を履いた上に履くのです。

 試し履きされる際に、お使いくださいっ」


「あ、ありがとう……ございます」


「登山大会というと、長時間の登山が二日ほどはあるかと思うのです。

 そうなると、足首をしっかり守ってくれるハイカットの靴がオススメ!

 ハイカットのものはこちらになるのです~」


 店員さんはにっこり笑いながら私を誘導してくれる。

 ついていくと、そこには確かに足首まで覆えそうな丈の長い靴が並んでいた。

 スポーティーな印象のものから無骨なものまで多種多様で、めまいがしてくる。


「あのぅ……。たくさんありすぎて、よくわかんなくて……。

 どれがいいんでしょう?」


「最近の靴は、どのメーカーの物もとても高機能になっているので、最終的には見た目の好みで問題ないのですっ」


 好みでいいと言われても、選択肢が多いと選べない。

 私が迷っているのを察してくれたのか、ほたか先輩が笑いかけてくれた。


「例えば、ましろちゃんは何色が好き? 色から選ぶのもいいと思うよ!」


 色……。その言葉をとっかかりにすると、鮮やかな色のイメージが広がってきた。


「私はやっぱり赤ですね!

 ユニフォームの色を決めた時と同じで、赤が好きなんですよぉ~」


「赤ってかわいいよねっ。リンゴやイチゴ、さくらんぼ!」

「あぅ。……うん、そうですね!」


 私は大げさに首を縦に振って肯定しながら、心の中で否定した。

 そんな可愛い理由じゃなくって、私の描いた漫画の主人公のテーマカラーなのだ!

 理由は恥ずかしくて言えないので、さっさと次の話題に変えてしまおう。


「と、ところで店員さん!

 最後は好みでいいとして、最初の決め手はあるんでしょうか?」


 私が訪ねると、店員さんは「待っていました」とでも言いたいように、にっこりと笑った。


「はいっ! 一番大切なのは、足と靴のフィット感なのです!」



 そして店員さんは私を椅子に案内してくれる。


「さっそくなのですが、靴と靴下を脱いでいただけますでしょうか?」


 靴下を脱ぐのは意外だったけど、きっと貸してもらえた分厚い靴下を履くのだろう。

 私は素足になった後、手に持っていた分厚い靴下の口を広げた。


「ひゃぅんっ」


 私の口から突然、変な声が出てしまった。

 何が起きたのか理解できず、とっさに足元を見る。


 これまでの人生で靴を色々と選んできたけど、今までの靴選びでは一度も感じたことのない感触が足全体を刺激していた。

 銀髪の店員さんの指が、私の素足を包み込んでいたのだ。

 白くて細い指が私の足をくまなく撫でまわしている。


「ご、ごめんなさいっ! くすぐったかったのですか?」

「くすぐったくは……ありますけど。……な、なぜ触るんでしょう?」


「足の形を計っているのですっ!

 足は長さばかりが重視されるのですが、足の幅や甲の高さ、指の形まで人それぞれなのです。足に合っていない靴で山に登ると、靴擦くつずれやつま先を痛める原因にもなり、疲れも全然違うのですよ」


「な、なるほど……。でも、触るのって普通なんですかぁ?」


 私の心臓はさっきから激しく高鳴り続けている。

 まさかこんな可愛い店員さんの指で触られるとは思ってもみなかった。

 私なんかの足に、こんなきれいな指が触れるなんて……、なんという背徳感だろう。


「実は、触ると正確な形がわかるのが特技なのです。

 足に合うメーカーを絞り込むのにとても便利で……。

 あの、勝手に触れて、ごめんなさいなのです」


 店員さんが申し訳なさそうに手を引っ込めたので、私は慌てて引き止めた。


「大丈夫です! 触ってください……じゃなかった。計ってください!」


 ついつい本音が出てしまって、私は自分の口をふさぐ。

 店員さんは私の言い間違いに気が付いてないようで、再びそのきれいな指で触れてくれた。


 足全体を両手で包み込んでくれたと思えば、土踏まずや足の甲に指先を滑らせる。 果ては足の指一本一本を丁寧につまんでくれた。

 気持ちよさと背徳感で興奮しすぎて、私の頭はオーバーヒート寸前になる。


 しばらくすると、店員さんは確信を得たようにコクリとうなづいた。


「足の形が分かったのです。甲が高くて幅も広め。シリオ、マムート、モンベル、キャラバンあたりのメーカーに足に合う靴があるのです~」

「あぅぅ……。そうですか……」


 たくさんの横文字が一度に並び、放心状態の私の頭では処理しきれない。

 覚えられなかったので、むしろ見た目で気に入った靴が店員さんオススメのメーカーと一致するのかを確認したほうが早いのかもしれない。


「あ、ちなみにお客様が登山初心者だと考えると、歩きなれていない分、硬すぎる靴は避けたほうがよいと思うのです。革靴はお山に慣れてからにするのですよ」


「革靴は上級者向け……。あぅ。わかりました……」



 私はよろよろと立ち上がり、深呼吸をする。

 そして店員さんが去ったことを確認し、ほたか先輩に近づいた。


「……さっきの店員さんって、千景さんですか?」


 店員さんに聞こえないように耳打ちすると、ほたか先輩は急に震えだす。


「なな、なに言ってるのかなぁ? ぜぜぜんぜん違うよ!」

「動揺しまくってるじゃないですか……」


 この反応を見るだけで、答えは明白だった。

 銀髪の店員さんは千景さんなのだ。


 私の目は、店内のどこかにいる千景さんをどうしても探してしまう。

 すると突然、ほたか先輩は私の両肩を掴み、壁際に押し付けた。


「あのね、こっそりお話がしたいことがあるの。……聞いてくれるかな?」


 ほたか先輩は今までに見せたことのないような圧倒的な威圧感を放っている。

 私は無言で、ただ首を縦に振ることしかできなかった。

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