第三章「陰になり日向になり」
第三章 第一話「山の道具屋さんへようこそ!」
今日はほたか先輩との約束の日。登山靴を買う予定なのだ。
土曜日の午後は気持ちいいぐらいに晴れ渡っている。
自転車で来るように言われてたけど、お店は遠いのだろうか。
出雲市内の移動と言えば、学生なら自転車が一般的だ。市内には電車の駅なんて皆無も同然だし、バスに乗るぐらいなら自転車のほうが自由がきくというわけだ。
「ましろちゃ~ん。お待たせ~」
のんびりした声と共に、真っ白のワンピース姿のほたか先輩が現れた。
半そでとふんわりと広がるスカートが可愛いくて、先輩にとても似合っている。
セーラー服のような四角い襟と黄色いリボンがポイントで、先輩の周りだけひと足先に夏が来たような爽やかさが感じられた。
私服姿の先輩が可愛すぎて、みとれてしまう。
私が頬を緩ませて見つめていると、ほたか先輩は遠くに向かって手を振り始めた。
先輩の視線を追うと、その先には歩いている人影は、なんと剱さんだった。
剱さんの私服は飾り気のないジーンズとシンプルなTシャツで、本当に男子みたいだ。
「な……なんで剱さんも来るんですかぁ……?」
「お姉さんが声をかけたんだよ~。
同じ新入部員だから、たくさんお話したくって!」
「そんなぁ……」
私があからさまにガッカリしてると、剱さんはムッとしたように眉間にしわを寄せた。
「ア、アタシが来ちゃ、悪いかよ。買い物だろ?
ちょうど必要なものがあったんだよ」
そう言って、剱さんは足を前に突き出す。
その足には革製のゴツイ靴が身につけられていた。
靴は渋みのある茶色で、一見しただけで、しっかりと使い込まれたものだとわかる。
「美嶺ちゃん、もう登山靴を持ってたんだね!」
「一人で山ごもりすることがあるんで、まあ」
「革とは渋いねぇ……。お手入れが大変でしょう?」
「そっすね。ちょうどワックスと
ほたか先輩は感心しながら剱さんの靴を見つめる。
素人目にも、かなり本格的な靴に見えた。
「……っていうか、剱さん。山ごもり?」
そう言えば以前の登山でも「山ごもり」って言ってた。
あまりの驚きにツッコんでしまう。
すると、剱さんは平然とした顔で笑った。
「ああ。別に大したことないさ。
家が山の中にあるからさ、そのままテントで何日か寝泊まりするんだ。
自然と一体になると集中できて、空手修行にはオススメだな」
「いやいや。いやいやいやっ! 大したこと、ありすぎだよ!
女子高生が山ごもり?」
「あはは。集中できるの分かるよぉ~。お姉さんもたまに山ごもるのぉ」
「先輩もか! ……っていうか山ごもるなんてフツー、言いませんよぉ~~」
やっぱりこの部活、普通じゃないかも!
なにせ部長からして普通じゃない……。
そんな私の呆れ顔なんて構いもせずに、ほたか先輩は笑いながら自転車にまたがる。
「美嶺ちゃんも合流できたし、出発だよ!」
「あれ? 千景さんはいらっしゃらないんですか?」
「うんっ。今日は家の用事があるんだって~」
そうなんだ……。千景さんが来ないのは残念だけど、仕方がない……。
すると、剱さんが私たちの前に立ちふさがった。
「自転車ってことは、ひょっとして遠いほうの店に行くんすか?」
「う……うん。
浜山公園通りというと、今いる場所から五、六キロぐらいは離れていると思う。
大きなショッピングモールがあるから、その中にお店があるのかもしれない。
それを聞いて、剱さんがいぶかしげな表情をした。
「遠いじゃないっすか。すぐそこの駅前通りにある山道具屋のほうが近いっすよ」
「えっと……。……。そんなところにお店があったっけ?」
「ほら、駅から五分ぐらいのとこっす。
歩いていけるし、店員の対応もいいし、オススメっす」
「お姉さん、今日は遠くまで走りたいなー」
「アタシ、自転車を持ってないんすよ。近いほうに行きましょう」
剱さんは押しが強い。ほたか先輩を問答無用で説き伏せてしまった。
結局は近いほうのお店に行くことになったけど、ほたか先輩はそこに行くのを避けてるような気がする。
……ひょっとして、変なお店なんだろうか。
剱さんがオススメするというなら、怖いお店なのかもしれない。
空はこんなにいい天気なのに、私の心はたちまち暗雲が立ち込めてくるのだった。
△ ▲ △
駅前通りを少し進んだところに、確かに登山用品店はあった。
私たちが店内に入ったとたん、「いらっしゃいませ~~」と明るい声で出迎えられる。
店内は明るく清潔で、品物も多い。
棚には手書きのポップが飾られて、初心者でも道具が選びやすいように配慮されている。
剱さんのオススメということで不安だったけど、意外にもまともで、安心した。
ちなみに、道具以外で気になったのは店員さんの制服。
女性の店員さんの制服は、どう見てもメイドさん風のかわいいエプロンドレスなのだ。
こんな所でメイドさんに出会えるなんて意外過ぎて、ついつい鼻息が荒くなってしまう。
山のお店にしては不思議だなと思っていたが、その謎はすぐに解けた。
お店の中にカフェスペースがあるからだ。
今は「
イーゼルに飾ってある写真をみると、登山用の金属の食器にリゾットやスープパスタが盛り付けられていて、見ているだけでお腹が減ってくる。
美味しそうな写真に引き寄せられてカフェのほうに向かうと、剱さんが神妙な面持ちで壁のチラシを見つめていた。
ふと興味をひかれて私もチラシを見てみると、
『登山用アンダーウェアのプリントサービス!
オリジナルの山Tシャツを作ってみませんか?』
という文字が目に飛び込んできた。
どうやら好きな画像を登山用のTシャツにプリントしてもらえるらしい。
こういうものを見ると、私の絵描きとしての本能がくすぐられる。
剱さんも熱心に読んでいるけど、Tシャツが好きなのだろうか。
リリィさんも『話してみると、意外と仲良くなれるかも』と言ってたし、勇気を出してみる。
「あ……あの。オリジナルTシャツに興味が……あるの?」
すると、身をのけぞるように剱さんは驚いた。
どうやら私に気付いてなかったらしい。
「な、なんだ空木か。ビックリさせんな。……別に、どうでもいいだろ」
剱さんは迷惑そうな態度でプイっと顔を背け、そしてどこかに立ち去って行った。
「あぅぅ~。せ、せっかく頑張ってみたのに、その言い方はないよぉ……」
取り残された私は頬を膨らませ、壁に向かって独り言をぶつける。
やっぱり剱さんって苦手。
仲良くする必要、ないんじゃないかな!
そんなこんなで「登山靴を買う」という当初の目的をすっかり忘れて店内をフラフラしていたら、お店の奥からほたか先輩の声が聞こえてきた。
「ましろちゃ~ん、はやく靴を決めよ!」
ほたか先輩の声に誘われてお店の奥に移動すると、奥の壁には様々な登山靴が飾られている。
「へぇ~。いろいろあるんですね。どれがいいとか、あるんでしょうか?」
「えっとね……。
大会に出るから、初心者向けすぎる靴はあまりよくなかった気がする……」
「なるほど、初級者向けを避けるんですね。
……えっと。……どれが初級者向けなんでしょう?」
「ええっと……。うぅんと……えっと……」
「……よくわからないんですね?」
「……うん」
しょんぼりしているほたか先輩がちょっと可愛い。
女子高生らしからぬ登山好きなところに驚いていたけど、苦手な事もあったようだ。
道具に詳しくないのは意外だけど、なんか親近感がわいてきて、私は少し嬉しくなった。
「……っていうか、普通に店員さんを呼べばいいじゃないですか!」
周囲を見渡すと、ちょうど接客が終わったばかりの店員さんが近くにいる。
「すいませ~ん。靴を選びたいんですけど、いいでしょうか~?」
私が声をかけると、店員さんはすぐに気が付いてくれて、振り返った。
「は~い。すぐに行くのです~」
可愛い声と共に、メイドさん風の制服を軽やかに弾ませながら店員さんが駆け寄ってくる。
小学生ぐらいの背の高さだけど、体つきがすっごくグラマラスで、年齢感がまるで分らない。
ショートヘアに切りそろえている銀髪は染めているのだろうか。頭のてっぺんで結んでいる黒くて大きなリボンは、走るたびにふわふわと動いていた。
そしてやや吊り目がちの大きな瞳と小さな口が本当に可愛らしい。
あまりに可愛いので、美少女アニメから飛び出てきたんじゃなかろうかと、目を疑うばかり。
三次元の世界にようこそ!
私は両腕を大きく広げて、店員さんを出迎えた。
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