第1戦 vs氷雨紫苑さん(蒼弐彩様)

 ――刹那の浮遊感ののち、地面に足がつく感覚。二人が瞳を開けると、そこは巨大な草原だった。見渡す限り続く若草色の草原と、雲一つない青空。そして一人の少年が立っていた。黒髪蒼眼、軍服のような制服のような服装に、刀を携えている。


『それでは第1戦第3試合、氷雨ひさめ紫苑しおんvsディアン&シルヴィア組! スタートぉ!』


 あんまりにも唐突な『神様』の声。どこぞの命属性の神カレンドゥラとはまた違うベクトルで面倒な神だ、とディアンは深く息を吐く。恐らく別のフィールドでは、他の最強たちも戦いを繰り広げているのだろう。小さく息を吐き、ディアンは携えた大鎌を構える。


「……それじゃあ始めるか。いくぞ、シルヴィア」

「うん!」


 二人同時に地を蹴り、ディアンは黒い大鎌を振り上げ、シルヴィアは徒手格闘の構えを見せる。対し、対戦相手の少年――氷雨紫苑は鯉口に指を当て、猛スピードで接近してくる二人の方を見やった。


(見たところ鎌の男が第1の脅威……シルヴィアと呼ばれた女の方は恐らくその後方支援だな)


 彼我の距離を測りつつ、ディアンの振るう黒鎌が身体に触れるその寸前を見計らい――身を捩りつつ、刀を振り抜いた。カァンッ! と甲高い音が響き渡り、ディアンの鎌が後方に少し押し戻される。


「……っ!」


 刹那、紫苑は後ろへと飛び退るや少女の方へと方向転換。その横をすり抜けるようにして刀を一閃――


「ッ!」


 一撃を回避し、シルヴィアはカウンターの拳を叩き込もうとする。その隙にディアンは紫苑さんの背後をとり、隙を窺うように注意深くその動きを観察する。しかし、シルヴィアの拳は鮮やかに回避され――と思えば、シルヴィアの視界が反転した。

 足払いを受けたのだと、一拍遅れて気づく。紫苑はそんな彼女を後目に駆けだし、振り向きざまにディアンの足元へブローニングハイパワーを3点射した。弾自体はバックステップで回避したものの……少年の片足が氷に覆われる。


「チッ。異能者か」


 鎌の先で氷に触れ、「滅殺」する。黒い光に包まれて消えていく氷を眺め、遅れて近づいたシルヴィアが凍傷に触れた。白い光に脚が包まれ、凍傷が消えていく。


「大丈夫そう?」

「ああ。……速攻で片付けるか」


 息を吸い、吐き――黄色い瞳を紅く変化させる。同時、紫苑は地面に刀を刺した状態で動きを止めた。

 ――成功。

 ニヤ、と口元を歪め、ディアンは地を蹴った。シルヴィアもそれに追随し、敵を刈り取ろうと肉薄して――


「ッ!?」


 ――氷壁。

 土とそこに含まれる水蒸気だろうか、それらが一瞬で凝固し、壁となる。そのまま二人の動きが分子運動ごと縛り付けられ、封じられた。

 二人は知る由もないことだが、それは氷雨紫苑の異能。減速系と呼ばれる、分子運動を減速させて氷を生み出したり、気温を低下させたりする能力。その中でも頂点に君臨する使い手、“氷雨”の強化異能者エンハンスド・モザイク――氷雨紫苑。


「……っち」


 ディアンが舌打ちすると同時、その瞳が紅から黄色に戻る。敵の動きを止める「邪眼」は、対象が視界に入っていない限り使えない。それがディアンの能力だと瞬時に判断したのか、紫苑は疾風のごとく彼の方に回り込む。未だ動けない彼の首元を刀の峰で打ち据え――黒い鎌の柄を弾き、遠くへ吹き飛ばした。


 ぐらり。少年の身体が傾く。同時に動きを止める異能が解除され、シルヴィアは彼の頭部に触れた。白い光が彼の全身を包み、その意識を回復させるが……黒い鎌は、その手にはない。黄色と金色の瞳が交錯し、その一瞬で意思を伝え合う。彼らは紫苑の方に向き直り、口を開いた。


「降参。私たちはもう、これ以上戦う気はないよ」

「お前の勝ちでいい」


 冷静な声とぶっきらぼうな言葉に、紫苑は小さく息を吐いた。最初ハナからそうしろ、とでも言いたげに。戦闘終了の合意が『神様』のもとにも届いたのか、再び視界が暗転し――小さな、浮遊感があった。

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