Monte Carlo -16-



201X.11.27.05:21 a.m.


モナコ・モンテカルロ

ミレネール通りを東に移動中…


 


「クソ女、台数と車種は?」


《えーと、全部で5台。4台はベントレーですね》


「1台だけ違うのか?」


《はい、たぶん。一番後ろに隠れててよく見えないんですが》



道が細くなってきた。


対向二車線、左右に並ぶのは白壁の高級住宅。


ジワジワと距離を詰めてくる背後のイギリス車は列を成しており、まるで緑色の蛇に追われているような感覚に陥る。


順序良く街灯に照らされていく深緑色のボディー。


前を走る4台の二眼のヘッドライトはベントレーに違いないが、最後尾の1台はヒューガの言うようにはっきりとは見えない。




《どうします? このまま行けばフランスに入りますが、もう少しモナコで遊んでいきますか?》


「だな、それがいい。……二手に分かれるとするか。ヤツらはエキシージとエヴォーラのどっちにセナが入ってるのか分かってねぇ。これがバレないうちは大きな手も出して来れねぇはずだ」


《なるほど、都合の良い限りです。では車内を見られないようにしながら逃げれば良いわけですね》


「そういうことだな。合流場所はどうする?」


《この道を真っ直ぐ行くと、国境手前でエトレニューン交差点に入ります。モナコを一周してからまたそこで落ち合うというのは?》


「了解。アクセルオンからぴったり20分後だ、絶対に遅れるなよ」


《それはこちらの台詞です》





エトレニューンの十字路の交差点。


前後左右に立つ背の高い塀で視界が悪い。


このまま直進すればすぐにフランスとの国境だ。


後ろを走るヒューガは左へウインカーを焚いた。


それに続くようにして、レオは右へウインカーを焚く。





《レオさん、分かってますよね?》


「ふんっ。好きにしやがれ」


《では遠慮なく。破壊ボーナスは私が頂きます》



ルームミラーに映るヒューガは、唐突にメガホンを取り出した。


エヴォーラの車体を左寄せし、左折の体勢へ。


窓を開けてメガホンを外に向ける彼女の顔は、まるで大好きな絶叫マシンに乗り込んだような晴れ晴れとした表情だった。






《えーと、アゲラトスの皆さん。追いかけっこするのはいいですが、あまり手荒なことをされた場合……この私がセナを撃ち抜きます》







レオは左へ。


ヒューガは右へ。


アクセルとともにウインカーとは逆方向に急ハンドルを切る。


二台の走行ラインがクロスする。


さぁ、追いかけっこの始まりだ。


レオは左折のタイミングでサイドミラーをチラリと見た。






付いて来ているのは、1台。



 


ヒューガが向かった方向はダウンヒル。


レオが向かった方向の先にはすぐに鋭い直角左折コーナーがあり、モナコ中心地へ戻る道程だ。


レオは事あるごとにドリフトを駆使するヒューガとは異なり、グリップを効かせた地を這うようなコーナリングを得意とする。


強引ながら絶妙なタイミングでブレーキを踏み込むと、スーパーマンがマントを靡かせるようにしてテールランプが尾を引いた。


十分にフロントに荷重をかけ、滑らかにステアリングを左へ切る。


アウトから、インへ。


ミラノ最速の座はヒューガに奪われたが、その腕が衰えるような事は微塵たりともない。


車を速く走らせる理論だけは先人達からクソ真面目に学習してきた。


肝要はリアを滑らせない事だ。


俺はクソ女とは違う。


コーナーを抜けると、また左右に白壁の高級住宅が並ぶ細い街道へと戻る。


気持ち上り坂だろうか。


少し苦しそうになったタコメーターからサイドミラーへと流れるように視線を移すと、後ろを追うアゲラトスの車がど真ん中に映り込んだ。



 


ジャガーだ。


ジャガー・Fタイプ。


アゲラトスの車に違わぬ深緑色の車体色が、道路左右の街灯に連続的に照らされてゆく。


なんなのだろう、あの車は。


他にいた4台のベントレーとは何が違うと言うのだ。


レオは左手でスマートフォンを取り出した。


ワイルドウイングITエンジニアのあの男が作成した、ホワイトスネークのアイコンを伴うアプリを起動する。


アプリ名、「WILD HACK」。


ワイルドウイングのメンバーのみが使用を許されるそのアプリは、対象の通信デバイスをハックして無理矢理に通話を可能とさせる。


あのジャガーともなれば、オーディオに通話機能が付属しているのは間違いない。


あのドライバーがどんな人間なのか気になる。


スマートフォンに表示されているのは、黒背景に明朝体で「STANDBY…」の白文字。


ハックの対象を探している状態だ。


レオはスマートフォンを背後のジャガーに向け…







「……のわっ!?」







レオの耳を襲う、ヘッドセットから流れ出す爆音のノイズ。


ホワイトノイズではない。


現実音で例えるなら工事現場の足場が倒壊したような、不快感が極まる高音の機械音だ。





何が起きたのかは分からない。


レオのスマートフォンに表示されたのは、先ほどの白文字の代わりに「ERROR CODE:99」の赤文字。


コード99が示しているのは確か、「操作不能の緊急事態」。


ホーム画面に戻ることも、スマートフォンを強制終了させることもできない。



《……おい、テメェ》


「ああ?」



ノイズが終わった。


そしてその終わり際に聞こえたのは、声。


ヘッドセット越しだが、その声には聞き覚えがあった。


レオはルームミラーを見る。


ジャガーのドライバーは暗闇に隠れている。


しかし、一瞬。


そのドライバーの顔が、ジャガーの車体と共に街灯に照らされた。





《討たせてもらうぜ……ランディーの仇……!》


「ああ、なんだよ。あん時の悪ガキか」




まだ幼さの残る可愛らしい顔立ちに、それに見合わぬボーイッシュな赤髪。


くたびれたロック風のTシャツに汚らしい言葉遣い。


あの日……いや、まだ昨日だ。


昨日レオが吹き飛ばしたポルシェの助手席に乗っていた、モナコの悪ガキだ。


彼女の綺麗な顔立ちは、怒りのような何かに歪んでいた───。



 

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