Monte Carlo -14-
「―――おい、クソ女。ホントに大丈夫なんだろうな?」
「ええ、たぶんですけど」
「テメェのたぶんは『大丈夫』って意味だろ?」
「そうですね、たぶん」
右ハンドルの車はわりと好きだと、以前彼女の口から聞いたことがある。
右ドアを取り外したフェアレディZに乗り込むヒューガは少しだけ楽しそうに見えた。
「まぁ安心しろよ。テメェのノロノロZに合わせてゆっくり走ってやるからよ」
「よく言いますよね、車一台背負ってるっていうのに」
フェアレディZの右隣に並ぶのは、ロータス・エキシージ。
中に乗るのはレオと、袋に入れられたままのセナ。
二台が向くのは駐車場の出口。
二人がアクセルを煽るたび、全4本のマフラーからは白煙が上がる。
しかしエキシージの背後で白煙をもろに浴びる車がある。
ロータス・エヴォーラ。
アゲラトスよりヒューガに支給されたスーパーカーだ。
その車は今、レオが乗るエキシージに鉄ワイヤーで牽引されている。
エヴォーラのエンジンも既に始動しており、三台分のアイドリングが地下駐車場に鳴り響く。
エグジットランプが光る、駐車場の出口。
穏やかな目付きを少しだけ鋭くさせ、ヒューガはそれを眺めている。
本人としては睨みつけているつもりだ。
エグジットランプをくぐり抜けると、30メートル四方で四角く渦を巻きながら地上へ登っていくイメージ。
運命を決めるのは、最後の30メートル。
ここで失敗すれば、現状は悪化、最悪全員死ぬ。
だが、それが面白くてたまらない。
ヒューガがアクセルを踏み込むと、その心情を露わにするかのように、フェアレディZが軽快なエキゾーストを奏でた。
「さて。では行きましょうか、レオさん」
「おうよ。遅れんなよクソ女!」
アクセルを煽りながらギアをローへ。
レオは右手で、ヒューガは左手でシフトノブを弄ぶ。
クラッチから足を離すと、二台はリアタイヤから白煙を上げながら発車した。
エグジットランプを潜る。
登りの直線。
直角左カーブ。
登りの直線。
二人が目指すは、最終左カーブ。
「来たぞ!!」
「ヤツらが来た!!」
その直角カーブを曲がる直前、外の方向から複数人の声が聞こえた。
速度は80キロ。
十分だ。
ヒューガは双脚の間に消火器を押し込み、アクセルを固定した。
並ぶ。
フェアレディZと、エキシージ。
曲がる。
左手でステアリングを切り、曲がる。
眼前、出口付近には三台のイギリス車。
ノーブレーキで突っ込む。
「今だッ!!!!!」
独りでに光る、エヴォーラのブレーキ。
レオが踏むエキシージのブレーキ。
単身でイギリス車たちへ突っ込む、ヒューガがハンドルを握るフェアレディZ。
ドォォオオオオオオンッ!!!!!!!!
……それは衝突というよりも、爆発だった。
赤い焔と黒い煙幕が立ち昇る。
そして、それらを切り裂く。
坂を登りきり、大破した車たちを跳び越える、二台の車。
エキシージと、エヴォーラ。
先ほどエキシージがブレーキを踏むその直前、ヒューガはエヴォーラに乗り移りブレーキを踏んでいたのだ。
エヴォーラのハンドルを握るヒューガは、「ふふっ……」と楽しげな笑みを浮かべながら空中遊泳を楽しんでいた。
「ガキィン!」という金属音と共に、二台は地へ。
そのショックでエキシージとエヴォーラを繋いでいたワイヤーが外れ、エヴォーラは晴れて自走する。
炎が上がるホテルのエントランスを、そのサイドミラーに映しながら。
「おいおい、マジかよ。フェアレディってのはネズミハナビだったのか?」
《そんなわけないですよ、ハナビよりも優雅なクルージングが似合う車です。例の手榴弾を積んでいなければ、の話ですがね》
「なるほど、納得だ」
レオが銀行から逃げるガキどもを弾き飛ばした際に使用した、大型手榴弾。
それをヒューガは使わずに隠し持っていて、このタイミングでフェアレディZに置いていったのだろうとレオが想像する頃、ホテルの敷地を抜けた。
深夜のモンテカルロの街道を、二台のロータスが猛スピードで駆け抜けてゆく。
もちろんアゲラトスの車は先程潰した三台だけではないはずだ。
モンテカルロのどこに車が保管されているか分からない以上、アクセルを抜くことなどはまだ以ての外。
広い通りに出たが、交差点に入るたび、二人の目線はせわしなく動く。
《ヒューガ、レオナルド。応答するである》
ヘッドセットから流れるは、ワイルドウイングリーダー、JVの幼女のような声。
レオはヘッドセットのミュート解除ボタンを押す。
ふとルームミラーをチラリと見ると、後ろを走るエヴォーラ車内のヒューガも、全く同じタイミングでボタンを押していた。
「おうよ、聞こえてるぜ」
《私も大丈夫です》
《オーライ。状況説明を頼む》
《えっと……まぁ、けっこう順調です》
《うむ?》
「黙ってろクソ女。俺が説明する。……さっきアゲラトスの包囲網を潜り抜けてホテルを出たところだ。セナは俺の車の助手席で寝てやがる。要するに、けっこう順調だ」
交差点、左右を確認。
深緑色のイギリス車はいない。
静寂という現象に対して、あまり良い印象は持っていない。
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