Monte Carlo -12-



201X.11.27.04:34 p.m.


モナコ・モンテカルロ

オテル・アントワーヌマリー 非常階段


 


レオが左肩に担ぐ等身大の細長い麻袋にはセナが入っている。


右手にスコーピオンを握りしめ、レオは先ほど登ってきた非常階段へと走った。


耳に聞こえるのはベルの音、そして粒の細かい銃声。


もしアゲラトスと誰かが撃ち合っているとしたならば、その誰かに心当たりがあるのは一人しかいない。


……クソ女。


ヒューガ・エストラーダの名を持つクソ女は、長い金髪をなびかせながらあたふたと階段を上り、この10階へと駆け込んでくる。



「あっ、レオさん。その担いでるのがセナですか? けっこう大きいですね?」


「なんで上がってくんだバカ!! 引き連れて来てんじゃねぇかよ!」



そしてヒューガの背を追う、銃を手にしたパジャマ姿の男たち。


その数、少なくとも10人。


まるで蛇のようにして螺旋階段を上ってくる。


ホテルに常駐するアゲラトスの組員だ。



 


「しつこいですね。モテる女も楽じゃないです」



襲いかかる銃弾。


レオとヒューガはそれをかわすために10階フロアへと飛び込む。


銃弾が止むのを確認し、ヒューガが壁から腕だけを覗かせて応戦。


非常階段の壁の至る所に風穴が開いてゆく。



「テメェごときに引き連れられる男共に同情するぜ。で、クソ女。逃走プランは?」


「計画通りエヴォーラとエキシージのキーは盗んできましたよ。まずは地下駐車場で車に乗りましょう。車がなければ話になりません」


「了解。……つかお前、地下に行くってのになんでここに上がってきたんだ?」


「それはもう、レオさんが心配だったので。私が来たからにはもう大丈夫です」


「お前が下で死んだほうが安心できたがな」



階段を上ってくるアゲラトス組員。


そしてここは最上階。


追い詰められていく、レオとヒューガ。


レオは周りを見渡した。


一点で目が留まり、ニヤリと歪むレオの口元。



 

「……まぁ、まだ良かった。ここが地下で目的地が最上階じゃねぇだけよ」


「確かに。死に場所は眺めの良い所のほうがいいですよね」


「黙れクソ女。ちょっとこれ持ってろ」



セナが入った麻袋を下ろし、ヒューガに押し付けるレオ。


「えぇ?」と間抜け声を上げながら受け取るヒューガを差し置き、レオは“それ”を拾ってから階段に出た。



「テンノーザンを制すってのはこのことだ!!!!」



レオはその剛腕を活かし、まるで野球ボールを投げるようにして組員に消火器を投げつけた。


ドンッという鈍い音と、中身の消化剤が飛び散る軽快な噴出音。


白い粉に視界を奪われたアゲラトス組員にスコーピオンで銃弾を浴びせる。


手近な組員を撃てば、あとは将棋倒しだ。


ヒューガからセナを取り上げて担ぎ、ズカズカと階段を下るレオ。


ヒューガもその背を追う。



 


軽やかな足取りで階段を下るレオとヒューガ、そしてレオに担がれるセナ。


チラリと目を配せた壁面には2階を示す文字盤が掛けられていた。


地下は近い。


セナを担ぐレオが先導し、その背をヒューガが守る。


彼女の愛用する黄金色のレボルバーから放たれる銃弾の命中率を見るに、ヒューガの腕も悪くない。


あとは、駐車場にてどうなるか。


タイミングは悪くないはずだ。


エドガーもまさか、初仕事のその日に裏切りをかけられるなどとは思うまい。


車は必ず、ある。



「あっ、そうそうレオさん。いいことを思いつきました」


「ああ? いいことだと?」


「地下駐車場にはアゲラトス組員達の車もあるはずです。出て行くついでに何台か潰して行きません?」


「なるほどな。テメェにしちゃあ頭を使ったほうだ」


「ご冗談を。私はいつも頭を使ってます」


「冗談言ってんのはテメェだろ」





地下駐車場のドアへ。


オマケとばかりにヒューガが追っ手の足を何発か撃ち抜き、ドアを閉めて鍵をかける。



 


「なっ……!?」


「はい? どうしました?」



地下に広がっていたのは、広大な駐車場。


そこにあるのは、一般客のものと思われる高級車が数台。


そして深緑色のエキシージとエヴォーラ。


しかし、ない。


その二台以外、深緑色の車が、一台も。




「ないですね、アゲラトスの車」


「ふむ……この場で車を全部壊しとけば、あとは悠々とミラノに帰れると思ってたんだが」


「最初から別の場所に保管していたか、または何台かは出動して既に待ち伏せてるってとこでしょうかね」


「ああ。だがどちらにしろ、エキシージとエヴォーラを残して行ったのは怪しすぎる。ヤツらは早くも動いてやがるな」


「ふふっ、我々は欧州最強のトランスポーターですよ? そんな即席の罠なんて恐るるに足らないです」


「あぁ? ここからどう抜け出すつもりだ?」


「そうですね……アレとか、使えそうじゃないですか?」





ヒューガが目を向けたのは、駐車場の隅、宿泊客の欧州車の中に違和感なく居座る、一台の日本車。


風情ある旧世代の車輌だ。


ヒューガの右人差し指は、日本車特有の車体右側にある運転席を示していた。



「おい、あんな古そうな車どうするってんだ? 逃走に使えるとは思えねぇが」


「まぁ聞いてくださいよ。地下駐車場で一生暮らしていくよりは名案のはずです―――」



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