Monte Carlo -10-



「おう、例の部屋の前に着いたぜ、JK」


《誰が女子高生だ。ドアのロック形状はカードリーダーであるな?》


「みてーだな。いま通す」



ウエストバッグの外ポケットから白塗りのカードを取り出し、ドア横のカードリーダーへ通す。


カードリーダーから「ビビッ」というビープ音が鳴り、承認エラーを示す赤いランプが灯る。


問題はない。


そのカード内部に仕組まれたCPUチップがカードリーダーを逆に読み取り、ワイルドウイング本拠地のJVへと送信している。


ヘッドセットの向こう側でおよそ10秒ほどタイピング音が続いたのち、JVが再び口を開いた。



《……オーケー。もう一度カードリーダーに通せ》



再びカードをカードリーダーへ。


「ピピッ」という軽快な電子音が鳴り、承認成功の緑色のランプが灯る。



「俺がこのメカに名を付けてやろうか?」


《ほう?》


「カードリーダーリーダーだ」


《ふんっ、くだらぬな》


「ちなみにテメェはワイルドウイングリーダー兼カードリーダーリーダーリーダーだ」


《さっさと任務を進めるがいい》



レオはまるで自宅の居間に入るようにして、そのドアを開けた。



 


内部に身体を入れドアを閉めると、一瞬にして視界が闇に包まれる。


レオはウエストバッグから暗視ゴーグルを取り出し、バンダナの上から装着した。


視界に薄緑色の世界が広がる。


高級ホテルの10階の部屋だが、内部構造はビジネスホテルのようにシンプルだ。


狭い玄関を折れると、正面にドアの開け放たれたユニットバスが視界に入る。


確かこの部屋は単にパソコンを保管しているだけとJVから聞いていたが、洗面台には使用歴のある歯ブラシとマグカップが置いてある。


エドガーか誰かが定期的に出入りしているのだろうか。



《レオナルド、そろそろ指輪を付けるである》



ヘッドセットから流れてくるその声を聞き、レオはウエストバッグの外ポケットから白塗りの分厚い指輪を取り出した。


左手の中指にはめ、その指でヘッドセットを三度叩く。


声を出せない状況下では、これが「完了」の合図だ。





ユニットバスのドアの横、この木製のドアの向こうはリビングダイニングキッチン、そしてさらにその奥には寝室がある。


セナが安置されているとしたら、おそらくそのどちらかだ。


指輪が「ヴッ……」と短くバイブする。



《良いかレオナルド。SENAはその特殊な性能ゆえ、よく見るパソコンと同じ体裁であるとは限らない》



もしかしたら物凄いほど大型かもしれない。


もしかしたら箱型ですらないかもしれない。


いや、むしろそのどちらかである可能性の方が高い。


モナコ政府にさえハッキングを仕掛けられるセナが、そう安易な体裁を伴っているわけがないからだ。


JVが予測したのは、家具のどれかに紛れ込むような巧妙な形状を伴っているパターンか、単純にどこかに隠されているパターン。


少なくとも、視覚と既知の情報を頼りに探せるような代物ではないはず。


それを探し出すために開発したのが、この指輪だ。



《CPUは電子データの編集をする際、微量の電磁波を発する。今夜はレオとヒューガの給与の試算をしているであろうから、今なら確実に電磁波を発している》



その電磁波を感知し、指輪が振動する。


つまり。



《貴様が手をかざして指輪が振動すれば、それがセナであるというわけであるな》



ヘッドセットを指で叩く。


レオは木製のドアに手をかけた。



 


右手はコートの中のスコーピオン、さらに言えば人差し指は引き金へ。


左手で数センチほどドアを開け、内部を覗き込む。




《見張りは居るか?》



いない。


ヘッドセットを叩く。



《監視カメラは?》



叩く。



《ふむ……ここで銃撃戦にでもなるかと踏んでいたのだが》


「罠か?」


《どうであるかな。単にアゲラトスがバカなだけかもしれないし、仮に罠でも貴様に給料分の仕事をさせるだけである》


「なるほど。ドケチアゲラトスに比べたらテメェが天使に見えるぜ」


《比べなくとも吾輩は天使のはずであるが?》


「見た目だけだがな」



身体ごと部屋へ滑り込ませる。


目立つ家具はない。


手前にキッチンシステム、奥にはシンプルな木製のダイニングテーブルとチェア、さらに奥にはテラス窓とモンテカルロの夜景。




指輪に反応がある。


およそ2.5秒の間隔で、断続的に指輪が振動している。


この間隔ならばまだ遠い。


この部屋にある全ての家具、床から壁まで指輪をかざしたが、その間隔が狭まることはない。


だとすれば、この部屋にもう一つ存在する木製のドア。


寝室。


そのドアに左手をかけた瞬間、指輪の振動の間隔が1秒強に狭まった。



 


ドアノブを握った左手がジワリと汗を滲ませる。


高鳴る鼓動と部屋に満ちるような静寂とのギャップが憎たらしい。


まるで心臓の音が室内に響き渡っているのではと疑うほどだ。


右手は再びスコーピオンへ。


ドアノブを捻り、室内を確認。


見張り、いない。


監視カメラ、なし。


間違いなくこの部屋にセナがあるはずだ。


暗視ゴーグルの中で煌めくレオの鋭い目は、セナのただ一点を探している。


内部へ。


六畳間に、セミダブルのベッドが一つ。


ガラス戸のドレッサーもあるが、内部はカラだ。


指輪が振動している。


間隔は1秒を切った。


左手をかざす。


ベッドへ。


さらに間隔が狭まる。


レオはベッドへ歩み寄った。


ベッドが盛り上がっている。


掛け布団の下に、何かがある。


かざす。


振動は、間隔を失った。


連続的に振動している。


このベッドの中にあるのが、セナ。




レオはスコーピオンを構えた。


掛け布団を掴む。


出でよ。


地中海の、サファイア。











  ファサッ…!













「ッ!!!!!!?????」




















アゲラトスのコアコンピューター、SENA。




その容姿は、例えるなら、“少女”だ。



 

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