Monte Carlo -9-



《二人とも、用意は既にできているであるな?》


「ああ。アンタに預けられたウエストバッグならバッチリだぜ」


《オーライ。では行動を起こしつつブリーフィングのおさらいをしようか》



「またですか」と漏らすヒューガの口からは、また煙草の煙が立ち上る。


煙は風に吹かれ、モンテカルロの夜景へと溶けて消えた。


ベランダ、そして部屋を出る二人。


レオは上り階段へ、ヒューガは下り階段へ。


相棒同士がやるような拳のぶつけ合いなどは一切なく、レオはむしろ別れ際に、ヒューガの副流煙に舌打ちした。


そして階段を上り、向かう。


アゲラトスの核(コア)の部屋へと。








近年よりモンテカルロの裏社会にて、トランスポーターグループとして名を馳せていたアゲラトス。


そしてアゲラトスを取り仕切る、先程レオが「どケチ」と罵った男、エドガー・ヘイル。


運び屋は殺しが仕事ではない。


ワイルドウイングの目的は、奪取だ。



 


リターンは、5,000,000ユーロ。


モンテカルロの夜景五夜分の報酬を引っ提げてやってきたクライアントは、モナコ政府。


モナコ政府より直接、ワイルドウイングへの依頼のメールが送られてきたとのこと。



《思わず笑ってしまったである。まるで助けを請うような文面であったからな。欧州の秘境たるモナコの大使殿が、裏世界の人間である我輩に送るようなメールとは思えなかった、である》



モナコの国政に関わる重要な資料らしいデータがエドガーのハッキングで凍結され、そのまま奪われた……。


つまりモナコ政府は弱みを掴まれ、アゲラトスの都合の良いように利用されているというわけだ。


あくまで表沙汰には“協定”という形で。



 


《なぜモナコ政府がデータを奪い返せないのか。それはアゲラトスが保有している“謎の高性能コンピューター”が、データに機密性の高い凍結を仕掛けたからだ。そのコンピューターこそが…》


「セナ、だろ?」


《うむ、それである》



アゲラトスがモナコを牛耳る理由の一つが、エドガーが開発したらしいコアコンピューター、SENA(セナ)。


アゲラトスの会計や情報処理などを全て司っているという。


このコンピューターの中でモナコの機密情報を凍結し、保管しているらしい。



《モナコ政府のお粗末なスパコン程度ではハッキングができないので、優秀なエンジニアを有する我々ワイルドウイングに協力を申し出た……確かそうでしたよね》


《その通りである、ヒューガ》


《そちらから遠隔的にハッキングできないんですか?》


《仕掛けてはみたがワイヤレスでのハッキングは難しかったらしい。プラグに小細工を仕込んだケーブルで物理的にウイルスを流し込むしか方法はないである》







「要するに、セナを奪取してミラノに持ち帰れ……ってことだろ?」







外装は豪華なのに、この非常階段はトタン張りの簡素なものだ。


10階のとある部屋に、「セナ」が保管されているという。



 


《それを実現させるに、アゲラトス内部へワイルドウイング組員を潜り込ませることは必須。それが貴様らだったというわけであるな。交渉はそう苦労しなかった》


《アゲラトスはワイルドウイングを後ろ盾にでき、ワイルドウイングは占領区域が広がる……でしたよね。シンプルで単純でバカバカしい口実です》


《うむ、言えている。我がワイルドウイングがここまでのし上がっていなければ、この作戦もなかったであるな。カネのある場所にカネが集まる典型的な例である》



モナコ政府、ワイルドウイング両者と手を組んだアゲラトスは、モナコ政府とワイルドウイングの繋がりを知らない。


エドガーはJVの提示した案件を都合よく解釈し、ワイルドウイング主力のレオとヒューガの侵入を許した。


……滑稽だ。


こんな愉快な背景がなければ、短気なレオは19ユーロという報酬にブチ切れていたところだった。


そのことを思い出すと、苛立ってついついトタンの階段を、足音を鳴らしながら登ってしまう。



 


「一つ質問がある」


《なんであるか?》


「なぜ持ち帰るって手間を惜しまねぇんだ? 俺たちの代わりにワイルドウイングのエンジニアをアゲラトスへレンタルさせてやれば済む話じゃねぇか」


《我々トランスポーターは萬屋(よろずや)ではない。本業はただの運搬であり、更に言えば積荷の価値を知らぬまま遠方へ運ぶことこそが美学だ。モナコ政府が500万ユーロも賭けられるほどの情報をも手放してその美学を守ったとすれば、ワイルドウイングの株も、まぁ、それなりに上がる》


「まぁ、だと? 怪しい口だな」















《察したか。エドガーとかいう男はなんとなぁーく気に入らぬ。できるだけ苦しめながら叩き潰したいのであるよ、貴様らという拷問器を使って》















「はははっ……拷問器扱いとは、光栄なこったな」




着く、ドアの前。


オテル・アントワーヌマリー、1002号室。



 

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