Monte Carlo -8-




201X.11.27.04:03 a.m.


モナコ・モンテカルロ

オテル・アントワーヌマリー 601号室


 


―――百万ドルの夜景とかいうくらいだから、その対象の風景が存在しているのは米州だろう。


このモンテカルロという街が放つ夜景は、そんな価値では例え切ることができない。


だが正直、百万ドル、百万ユーロの夜景などいらないのだ。


欲しいのは、カネ。


カネ、ただ一つ。


そう考えれば、こんな夜景になど一銭の価値も付けたくはない。


モンテカルロ有数の高級ホテルのベランダに、地中海から流れ込む冷たい風が吹く。


ポールに片脚を乗せ、愛喫の臭いのない煙草を咥えて景色に黄昏るその姿は、息を呑むほど美しい。


ミラノストリート最速の女、ヒューガ・エストラーダ。


しかしその完璧なプロポーションも、風になびく金無垢色の長い髪も、彼の気を惑わすには至らなかった。



「おうクソ女、ここにいたのか。またクソでもしてんのかと思ったが」



レオの愛称を持つその男は、靴底を地に擦りながらヒューガへと歩み寄った。



 


「ああ、レオさんでしたか。ノックの礼儀は心得ていないので?」


「テメェにだけは言われたくねぇな」



ガムを噛む不快な音は、もはや彼の登場のテーマソングのようにも思えた。


テラス窓をまたぎ、ヒューガの右手に佇んで彼もまた夜景を眺める。



「百万ユーロの夜景なんてクソ喰らえさ。こんな夜景より、俺は現ナマで百万ユーロを頂きてぇところだ」


「ふむ、奇遇ですね。私も先ほど同じ事を思ったところです」


「テメェみてぇなバカと同じことを思っちまうとは、俺も落ちぶれたもんだな」


「どんな天才でも思うことですよ。これから本当に百万ユーロが手に入るんですから」



ヒューガの口元がニヤリと歪む。


歪んだ口元から煙草の煙が立ち上るような下衆な表情でさえ、彼女の場合だけは画になる。


レオは「ふんっ」と鼻を鳴らした。


レオが見たのはヒューガの口元ではなく、ベルトから提がったウエストバッグ。


その中に詰め込まれた小道具の数々の一つ一つの使い方まで、レオは熟知している。



「レオさん、銃は持ってきましたよね?」


「もちろん。テメェは?」


「はい、ここに」



ヒューガはパーカーの裏から、愛用するビンテージゴールドの大口径レボルバー拳銃を取り出した。


その様はまるで、手を洗った後にハンカチを取り出すような自然な仕草だった。



 


「おい、気を付けろ。どこから監視されてるか分からねぇだろ」


「ふふっ……それもそうですね」



レボルバーを回して遊んだのち、ヒューガは再び銃をパーカーの裏に隠した。


だがヒューガがチラリと配せた目線の先……レオのファイヤーマンコートの裏にも、サソリの名を持つあの銃が格納されている。



「機は熟したでしょう。遅刻が過ぎると、我々のボスもお怒りになりますよ?」


「分ぁってるよ。いま繋ぐ」



レオ、ヒューガ、同時に左耳のヘッドセットのペアリングボタンを押す。


そして同時にスマートフォンを取り出し、同じ人間を呼び出す。


ボス……それは二人が属するトランスポーターグループ、ワイルドウイングのリーダーだ。







《……久しぶりであるな、ヒューガ、レオナルド》


「まだ三日しか離れてませんよ、AVさん」


《誰がアダルトビデオだ》







ヘッドセットから流れ出すのは、欧州最強の運び屋グループをまとめ上げているとは到底思えない、少女のような可愛らしい声質。


ジェリー・ヴェルセッティー……実年齢27歳の鬼才は、JVの通り名でこの世界を生きている。



 

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