Monte Carlo -7-

分かってるとは思うが、収は収入の収だ。レオナルド、収入の反対は?」


「支出……おい、ちょっと待てよ。さっきの額がまるっと貰えるわけじゃねぇってのか?」


「まるっと渡したらウチが大赤字ってわけだ。これから言うのはレオナルドの支。


 グレネードで破損したアスファルトの補修代が528ユーロ。

 薬莢の清掃代733ユーロ。






 そしてポルシェ・718 ケイマンの損害賠償で36,220ユーロ。

 収と支の合計で19ユーロだな」





「はぁ!!?? コンビニのバイトじゃねぇんだぞ!!」


「あのケイマンは他個人所有の盗品だ。まぁちゃんと保険額を差っ引いた金額だから安心しな。で、次はヒューガの支だ」


「えっと、嫌な予感がします……」




「アスファルトの修繕費はナシ。

 ただし派手にドリフトをかましてくれたおかげで、タイヤ痕の清掃費に1,000ユーロ。

 ガードレールの修繕費に4,000ユーロ。

 さらに、シェルビー・GT500の損害賠償で54,732ユーロ。




 つーわけで、収支の合計-29,732ユーロ。




 とりあえず最低給与で10ユーロは保証されてるから、そのまま10ユーロ。これを明日振り込む」






「……うまい棒が100個買えますね」


「他に買うものねぇのか」



 


気だるそうな表情で事務的に話すエドガーに苛立ちを覚えるレオ。


19ユーロ……円に直すと2,200~2,300円程度だろうか。


任務は銃弾の飛び交う中での命の取り合いだった。


その額はまるで、自分の命への値付けのようにも思えたからだ。



「驚いたよ、レオナルド、ヒューガ。まさか初回の作戦で本命のあの四人を殲滅してしまうとは」


「「…………」」


「メインミッションは達成したが、雇用期間である残りの三週間はまだ働いてもらう。いや、むしろモンテカルロ市警よりも積極的に動いてもらわないとな」


「市警よりも? どういった風の吹き回しで?」


「見せしめだ。できるだけ君らに車を壊してもらって、凶悪犯罪者をビビらせる。そんで市警は楽できる。一石二鳥じゃないか」


「ふざけるな。それじゃあ何度出動しようが10ユーロぽっちの報酬しかもらえねぇじゃねぇか」


「高級ホテルに住まわせて高級な食事を提供。さらに貸しているエキシージとエヴォーラは我々アゲラトスの技術の粋を尽くした高性能マシン。


 ……それでも不満があるってんなら、君らの本元のトランスポーターグループからの給料も差っ引く契約だ。まぁそう文句を言うな」



 


本元のトランスポーターグループ……それはストリートレーサーだったレオとヒューガを運び屋の世界に引き抜いた欧州最強のトランスポーターグループ、“ワイルドウイング”を示している。


話のきっかけはワイルドウイングリーダーの“JV”がアゲラトスに協定を持ちかけたことだっただろうか。


今やモナコ政府と手を組んで治安維持に務めるアゲラトスにとっては、アウトロー界でも恐れられるワイルドウイングを後ろ盾にできる。


ワイルドウイングにとっては、危険な荷物を運ぶトランスポートにおいて、牛耳るエリアが広ければ広いほど仕事が有利に進められる。




そこでJVが持ち出したのが、ワイルドウイングの主力であるレオとヒューガの派遣(レンタル)だった。


ここで契約破綻を起こせば、アゲラトスだけでなく、ワイルドウイングまでもを敵に回す……。


エドガーが力無く吐いた言葉には、そんな強大な脅嚇も含んでいる。



 


「チッ……分かったよ、しょうがねぇ。ワイルドウイングからの減給だけはゴメンだ」


「オーケー。ヒューガは?」


「あと5ユーロ足していただけませんか?」


「ダメだ」


「……すみません」



エドガーはノートパソコンの画面を閉じた。


煙を吐きながらレオとヒューガに目をやる。


その気だるそうな目付きに、アゲラトスを仕切っている男に似合うような眼光は見当たらない。



「いま“セナ”が振込額を計算してるところだ。明日の午前6時までに、レオナルドには19ユーロ、ヒューガには10ユーロを振り込む」


「セナ? ……ああ、セナですね。了解です」


「今日は上がれ。君らの部屋はこの隣の601号室と602号室だ」


「分かった。じゃあな、ドケチエドガーさんよ」



レオがソファーから大儀そうに立ち上がり、出口のドアへと向かう。


その背に続くヒューガは少しだけ物悲しそうだ。


バタン、という気遣いの欠片も感じられない音を立ててドアが閉まる。



「……はぁ」



本日十本目の煙草も役目を終えた。


吸い殻を灰皿に押し付け、組んだ両手に顎を乗せる。




  ……ギロリ。




細めた瞳でドアを眺めるエドガーは、ポツリと呟く。







「何が狙いだ……ワイルドウイング……!」





 

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