第3話 文学少女と家庭教師
はいはいはいはい、キタキタキタキタ。
美少女が深夜に訪ねてくるイベント来たわ、コレ。
魔王城でいただく初の夕食だというのになんだかそわそわしてしまってそれどころじゃない……とか思っていたが、出された一枚肉のステーキ的なものを前にして、思わず思考が停止する。
「えーっと、コレは?」
「お肉よ」
「それは見ればわかるけど。何の肉?」
「……? お肉だけど?」
「いや、牛とか豚とか、色々種類があるじゃないか?」
「うーん。私もよく知らない。お兄様とハカセが共同開発して作った『お肉』らしいわ。これは試作品だけど、うまくいけば食料自給問題を解決できるとかなんとか。今までにも何度か食べているけれど、副作用はないから安心して?」
(えぇ~? ハカセが作った? 副作用? 何ソレこわいこわい……!)
きょとん顔でそう返すリヴィアに、形成肉なのかそうでないのか怪しいこの『ナゾ肉』の正体をこれ以上聞いても無駄なようだ。俺は渋々食卓に視線を戻す。
食堂と言うには閑散とした広間。白いテーブルクロスの引かれた向かいには丁寧な所作で食事を口に運ぶリヴィアの姿があった。
今日のメニューはサラダとパン、あたたかいスープに……この、謎の肉。見た感じはレアな焼き加減のステーキといった感じなのだが、如何せん匂いが獣っぽい。牛なのか猪なのか羊なのかわからないケモ臭さ。
美味そうといえば美味そうなんだが、所見で口に入れるには勇気のいる一品だ。
(北方は食料事情が厳しいとは聞いていたが、コレは一体……? それに、お兄様とハカセが『作った』って……)
怪しい。すこぶる怪しい。
しかし、目の前でリヴィアがソレを食べている以上、口をつけないのも失礼というもの。それに、異世界に転移して最初の日から食事にありつけただけでも僥倖と思うべきなんだろう。うん、そういうことにしておく。
俺は目を瞑って切り分けた肉を口の中に放り込んだ。
「……!!」
ここで『う、美味い!』と言えればどれだけ良かったか。
異世界メシが見た目に反して美味いというのは、俺の中の幻想だったようだ。
「むぐ、むぐ……」
……なんていうか、味がしない。
歯ざわりはゴムっぽくて、匂いはケモっぽい。それでいて味は……あんまりしないんだ。その匂いと味のギャップが俺の表情を曇らせる。
昔オーストラリアに家族で行ったときに食べた、カンガルーやワニの肉だって美味しいと思ったのに。ちなみにカンガルーは赤身でさっぱりしてて、ワニは鶏と魚の間って感じの味だった。その分食感はぷりっとしてて、それはそれで美味だったっていうのに……!
(本当になんなんだ、この肉は……?)
でもまぁ、食べれないこともない。マズイわけではないから。ただ、味がめ~~っちゃ薄い。
(こ、こんなことで文句言っても仕方ないよな! こういう問題を解決するための『打倒、円卓の騎士』なわけだし!)
生徒にやる気を出させるのが仕事なのに、誰よりも早く闘志に火がついてしまった俺。食べ物の恨みは恐ろしいんだ。相手もわかってくれるよな?
テーブルに設置させていた塩と胡椒と思しきスパイスを大量に振りかけながら食事を済ませ、俺は部屋に戻った。
◇
夜になり、コンコンという遠慮がちなノックの音に心臓が飛び跳ねる。
「は、はい!?」
勢いよく扉をあけると、そこには食事の時と同様、制服姿のリヴィアが立っていた。
女の子が夜に訪ねてくるんだから、あわよくばパジャマ姿が拝めるかも? なんて考えていた俺が甘かったわ。ごめんなさい。そんなリヴィアは胸元にYes枕……ではなく数冊の本を抱えていた。
「夜分にごめんなさい。その……どうしても、『外の世界』のことが聞きたくて……」
そわそわとした視線に、もじもじとする膝。日中とは異なるこの小動物のような様子がまた可愛い。一言で言うならギャップ萌えってやつだ。
「別に構わないよ。中で座って話すか?」
「ええ……」
召喚されてまだ半日だというのに、備え付けのソファにふたりして腰掛けながらお茶が飲める程度には、俺はリヴィアに気を許していた。
勿論、リヴィアが可愛いというのもあるだろうが、なんというか、それに加えてリヴィアからは『イイ子感』が滲み出ていてどうにも魔王軍とは思えない。
そんなことを考えながらぼんやりとその横顔を眺めていると……
「ねぇ恭一。この本、知ってる?」
「……『神と悪魔と異界の勇者』?」
赤いハードカバーのその本は、ちょっとおどろおどろしいタッチの挿絵が描かれたおとぎ話のようだ。不思議と文字が読めることに安堵しつつ内容にパラパラと目を通すも、俺が知っているどんなおとぎ話とも異なるものだった。
(神様が魔王を倒すために異界から勇者を召喚する……)
所謂ゲームやラノベによくある英雄譚。数多の冒険を繰り広げた勇者は仲間と共に魔王を打倒し、めでたく聖女と結ばれる。そんなお話だった。
ざっくりとしたテイストは同じだが、俺が知っているどんな作品とも違う。
「ごめん、知らないや」
そう返すと、なんとなくしょんぼりとするリヴィア。
「そう……じゃあ、やっぱりこのお話はこちらの世界で『作られた』ものなのね。本当にあった出来事ではない、フィクション。東の聖女が異界の勇者と結婚したという話を聞いて、もしかするととは思ったんだけど……」
「リヴィアは、この話が好きなのか?」
「ええと、それは……」
ふい、と逸らされる視線から、本心が丸わかりだ。
確かにこのお話は、女の子が読めば、可愛い聖女がカッコイイ勇者と冒険して結ばれるシンデレラストーリーに思えなくもない。乙女の憧れ……的なアレなんだろう。
「好きなんだろ? なにも照れること無いじゃないか。俺もおとぎ話は好きだぞ? 子供向けに思えるかもしれないけど、わくわくして、続きが気になって……そういうの、俺は好きだ」
「でも、私は魔王の娘だし、このお話では悪役で……」
(ああ、気にしてたのはそっちね……)
「そんな私がこんなお話に憧れるなんて、変な話よね? ごめんなさい、こんな話して。ひょっとすると『外の世界』ではこれが本当にあったお話で、勇者様たちの間ではバイブルなんじゃないかって、勝手に夢を抱いていただけだから」
「別にそんな謝らなくても。好きなものは好きって言った方が、ストレスレスだぞ?」
これは能天気で放任主義だった親の教えの中で、唯一共感できるものだ。
「魔王の娘が勇者との婚姻譚に憧れたっていいじゃないか。人が何を好きになるかなんて、個人の自由なわけだし。そんなこと言ったら、俺なんて貧弱な非モテだけどRPG大好きだぞ?」
「……ひもて? あーるぴーじぃ?」
「ああっと……知らないならスルーしてくれ。で? 他にはどんな本を持ってきたんだ?」
リヴィアの脇にそっと置かれた、青、黒、金のハードカバー本。装丁が赤い本同様にくたっとして何度も読み返されたであろう様子を見る限り、そっちもリヴィアのお気に入りってわけだ。どんな内容なのか、俄然興味をそそられる。特にあの青い『泣き虫竜と勇者の剣』ってやつとか。
すると、リヴィアはそれらの本を隠すようにして俺の顔を覗き込んできた。
「ねぇ、それよりも。さっきの口ぶり……勇者の故郷って言われてる『外の世界』にも、こういう話があるんでしょ? 私、そっちの話が聞きたい」
「ええと……俺がいた世界のおとぎ話? そりゃあ沢山あるけど……」
「聞きたい! どんな話なの?」
「アンデルセンにグリム童話……人魚姫とか、シンデレラ、白雪姫、ヘンゼルとグレーテルなんていう兄妹の話もあるし、俺の故郷の昔話だとかちかち山とか、桃太郎とか……」
「そ、そんなにいっぱい!? やっぱり、恭一は賢者だったのね……」
「だから、そんなんじゃないって」
わくわくとした、文学少女の蒼い瞳。
(異世界に来てどうなることかと思ったけど、こんなんなら、この生活も案外悪くないかもな……)
それに、何もできないと思っていた俺にも、今目の前にいる少女を喜ばせることができるらしい。そんな些細なことが、なんとなく嬉しかった。
「よし、こうなりゃどんとこい! いくらでも話するぞ!」
「ほんとに、いいの?」
「勿論! どんな話がいい?」
「ええと、それじゃあ……」
そうして夜は更けていって、俺は。
勇者たちとは異なる異世界での生活を、スロースタートさせたのだった。
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