第2話 円卓の騎士に勝てなくて


「こんなの絶対、おかしいよ!!」


 綺麗な調度品の数々が並んだ、いかにも女の子が用意した部屋といった様子の『職員室』で。俺は闇落ち寸前の魔法少女みたいな声をあげた。


「いくら教師が必要だからって、自分の娘を盾に脅すような真似をして!魔王あいつ、親として絶対おかしいよ!」


「まぁまぁ、先生。そう言わないであげて?」


「でも……!」


 俺とは打って変わって冷静に紅茶を注ぐリヴィア。『ダージリン、好き?』なんて穏やかな表情でカップを差し出されたら、熱くなっていた感情の波がスッと引いて、また違った淡い感情が芽生えかけてしまう。


「お父様、あれでも一生懸命なのよ。得意じゃないのに召喚術を勉強して、『せっかく喚びだすんだから、子どもと歳の近いイイ子がいい』なんて、大枚叩いて高価な触媒まで用意して……」


「触媒……?」


「そう。召喚術において目的のモノを呼び寄せる効果を高めるという触媒……コレよ」


 白い猫脚のテーブルにことりと置かれた、『ゼノファンタジーサーガ』。俺が大好きで、中学の頃は昼夜を問わずやり込んでいたゲームだ。こんなものがどうしてこっちの世界にあるのかは知らないが、悲しいかな。俺は思い出のゲームに釣られてやってきたというわけらしい。


「『コレを使えば日本人の少年が呼び出せる』と、西方の錬金術師から秘密裏に手に入れたモノらしいわ。知ってる?」


「知ってるも何も、俺はそのゲームの大ファンで……」


「わぁ! やっぱりあっちの世界から来たって、本当だったのね!」


 昨日魔王が言っていた、『リヴィアは外の(俺がいた)世界に憧れている』というのは本当だったらしい。両手を顔の前で合わせてぱあっと顔を輝かせる様子があまりに愛らしく、思わず紅茶を飲む手が止まる。俺の視線に気が付いたのか、リヴィアはごほんっと咳払いをひとつすると改めて話し出した。


「今、私達『北の魔王軍』は危機に瀕しているの。それもこれも、全ての原因は北方聖女が擁する『円卓の騎士』がかつてないほど力を蓄えたせいよ」


「北方聖女……円卓の騎士……」


 どこかで聞いたような役職だ。そして間違いなく強そう。


「この世界では人間と魔族がいがみ合っていて、聖女と魔王を筆頭に常日頃争いを繰り返しているっていうのは、日本人高校生である先生なら詳しく話さなくてもわかるわよね?」


 なにその絶対的信頼。ここでも安心と安定の『日本人少年』というわけらしい。いや、おっしゃる通り、その背景はすんなり理解できますけれども。


「東西南北を治める魔王軍の中でも、ウチ、北の魔王軍は、凍りついた国土のせいで食料物資が特に乏しく、人間が住む近くの農村から略奪することもやむを得ない生活を長年強いられている。そんな状況を打破しようと、お父様は北の聖女が治める街に侵攻を繰り返したわ。攻め滅ぼすとまではいかないけど、侵攻すればそれなりに成果はあったし、北に住む魔族の士気も維持できた。でも、ここ数十年はそれすらうまくいってない」


「その原因が、『円卓の騎士』……?」


「そう。七名の騎士を中心とする『円卓の騎士』。優秀な騎士が代々『騎士名』を襲名していつの世も在り続ける、北の聖女を守護する集団。それが当代では史上最強と呼ばれるほどに強いのよ」


「ああ、わかるわかる。『騎士名』ってアレだろ? ランスロットとか、ガウェインとか、そういう……」


「どうしてわかるの!? まだ何も言っていないのに……! 先生ひょっとして、千里眼の持ち主なの!? それとも、賢者並みの知識を!?」


「あ、いや。そういうのじゃないけど……」


 そのきらきらとした表情に、俺がいた世界じゃ概ねそんな感じ、とも言いづらい。


「で、まぁアレだ。そいつらがはちゃめちゃ強くて侵攻すらままならないから、俺が呼ばれたと?」


「ええ。端的に話すと、だけど。『何回やっても何回やっても倒せない!』んですって」


 ……エアーマンか何かかな?


「でも、見ての通り俺はひとりだし、ただの高校生だし。その『円卓の騎士』を相手にできるとは到底……ああ、それで『勇者』じゃなくて『教師』なのか」


「……勇者?」


「ううん、なんでもない。こっちの話」


 察しのいい俺は先程までのやり取りで完全に立ち位置を理解した。つまり俺は異世界を救いに来た勇者ではなく、魔王軍を救いに来た者なのだと。

 そして、相手は複数名のツワモノから成る『円卓の騎士』。つまり、戦うのは俺ではない。俺が教え、育てるという『魔王の子どもたち』なのだ。


 いくら理不尽に召喚されたとはいえ、最初に来たポイントからして既に魔王軍、ダークサイドなのだ。これはどう足掻いても覆せないし、下手を打って裏切ろうものなら捕まって即処刑……バッドエンドも大いにあり得る。いくらリヴィアがいい子で魔王夫妻が気さくっぽいからって、腐っても魔王軍だし、安心はできない。

 ましてや俺にチート能力があるのかどうかも知らないし、そも戦闘に関して俺は期待されていない。俺の仕事はあくまで『教師』。今は流れに身を任せるより他ないだろう。『衣食住さえ提供すれば贅沢は求めてこない諦めの良さがイイ』。悲しいけれど、魔王夫人の言う通りだな、こりゃ。


「で? 俺が『教師』をするっていう、魔王様の子どもたちっていうのは……?」


「私を含む、七名の子どもたち。お父様の目的は、その子ども一名につきひとりの騎士を打倒させ、『円卓の騎士』を滅ぼすことよ。そうすればもう、北の領土制圧は目前だもの」


 ああ、自分じゃ無理だったからあとは子どもに託すってわけね? それ毒親……とまでは言わないけど、ダメな親の典型なのでは?

 まぁ、一対七より七対七なのはわかる。にしても……


「七人か……思ったよりも、数が多いな……」


「『パパとママ、がんばっちゃった♡』んだって……なんかもう、末っ子なんかこの為の数合わせ?って感じよ」


 自嘲気味に両親の声真似をするその眼差しが、死んでいる。


「誰も彼も言うことを聞かない曲者ばかりで、私も手を焼いて――」


「わぁあああ! ハカセ以外の人間がウチにいる~!!」


(……!?!?)


 窓の外に感じる、きらきらとした視線。


「ねぇお姉ちゃん! この人が先生!? なんか、思ったよりも小さいねぇ!」


「ちょ、グリゼルダ、あなた! 若いって言いなさい! 若いって!」


(お、お姉ちゃん……ってことは、妹なのかな?)


 つまり、窓の外でパタパタしているこの金髪ウェーブの美少女も俺の生徒……


(ん? パタパタ?)


 よく見ると、窓の外に浮いている。その背後で白いふわふわを撒き散らすのは、羽だ。


「て、天使!?」


 思わず椅子からザッ!と立ち上がると、可笑しそうにくすくすと笑い出す天使の少女。『ちゃんとノックなさい』とため息交じりにリヴィアが開けた窓から『よいしょ』ともぞつきながら部屋に入ってくると、再び羽ばたいて俺の背後に回り込み、両肩に手を添えた。


「あなたが先生? ふふふ! 全然フツーじゃない? てっきりこわ~いおじさんが来ると思ってたから、なぁんか拍子抜け! ねぇねぇ、何歳? 私達と同い年くらい?」


(顔! 顔、近っ……!)


 なにこの子!? なんかいい匂いするし、背中にでっかいおっぱい当たってるし、すっごい懐っこい……!


「離れなさい、グリゼルダ! 先生が怖がっているでしょう!? 先生はついさっき召喚されたばかりで、魔族を見るのは初めてなんだから。ほら、驚いて身動き取れなくなってるじゃない」


(というよりは、女の子にこういう風に接されるのが初めてだから、動けないだけなんだけど……)


 だが、言われてみれば確かにそうだ。今まではナチュラルに馴染み過ぎていて気が付かなかったが、リヴィアは見た目からして魔族!って感じがしない。魔王と違って角も生えてないし、このグリゼルダって子みたいな羽も生えてない。不思議に思いながら振り返ると、蒼い瞳と目が合った。


「ふふっ……! 先生、天使を見るのは初めて?」


「ああ……」


「背中のこの羽が、そんなに珍しいかしら?」


「そりゃあ、俺がいた世界にはキミみたいな子はいなかったし。でも、天使っていうと天の使い……なんだよな? キミは魔王の娘じゃないの?」


「キミ、じゃなくて。グリゼルダよぉ?」


 にこっ!と晴れやかで屈託のない笑顔。後光が刺すほどに眩しい。

 はぁ、尊い……

 思わずため息が出る可愛さだ。


「『外の世界』の人とお喋りするのは初めてだからよくわからないけれど。天使も悪魔も元は魔族。仕える者、崇める者が違うだけで、元をたどれば皆同じなの」


「そうなんだ……」


 それは初耳。俺の持つざっくりとした異世界認識と異なるようだ。


「私達のお父様は魔王の中でも古代種で、色んなところにルーツを持っているようだから。その子どもが天使だったり悪魔だったり、兄妹の見た目がチクハグなのはよくあることよね? お姉ちゃんだって……」


「わっ! 待って! それは言わないで!!」


「どぉしてぇ?」


「わ、私は、その……あなたと違って自分の見た目が好きじゃないから……」


 リヴィアはそう言って、もじもじと俯いてしまった。サッと抑えられたスカートの下に、何があるっていうんだ? 尻尾? どうしよう。気になって夜も眠れない。


「それより先生! 明日から指導してくれるんでしょう? どんなことをするの? 剣術? お勉強? それとも、『外の世界』のすごい魔法かしら!」


「え……」


 ごめん。全然知らない。


 助けを乞うようにリヴィアの方を見ると――


「授業内容は追って決めていくけど、それよりもまず、先生には私達兄妹のことを知ってもらう必要があるわ。さっきも話した通り、私達は種族の異なる兄妹だから生活リズムも各々違うの。だから授業は基本的に一対一の個人授業形式。せっかくだから、明日はグリゼルダの日にしましょうか」


「わぁ! いいのぉ!? 私、一番乗りぃ!」


 にこにこと顔の前で手を合わせるグリゼルダ。その様子を見る限り俺の授業が楽しみってことなんだろうか。なんだか知らんがすっごく嬉しい。

 とはいっても、授業できる知識なんて俺には無いので、一体何を期待されて召喚されたのか。甚だ疑問である。


「リヴィア、ちょっといいかな? 明日はグリゼルダの日っていっても、俺は彼女に何を教えれば……?」


 ちょこんと挙手して尋ねると、リヴィアは『ここから先は明日のお楽しみよ』と言ってグリゼルダを部屋から追い出した。『またね、先生!』と天使に手を振られ、俺はテーブルを挟んで改めてリヴィアと向き直る。


「単刀直入に言うわ。あの子を、やる気にさせて欲しいの」


「……へ?」


「『円卓の騎士』と戦うにあたって、私達兄妹に圧倒的に不足しているもの。それは『危機感』と『やる気』『戦う理由』よ」


「それはつまり、俺の仕事は皆にやる気を出させることっていう……?」


「そのとおり」


(え~……)


 なんつー無茶ぶりだ。生徒たちとはほぼ初対面の俺に、そんなんどうしろと?


「私達兄妹は、良くも悪くも『人間』に関心があるの。だから、お父様はそこに勝機を見出した。『円卓の騎士』といっても要は人間なわけでしょう? 私達に人間のことを勉強させることで、『円卓の騎士』に有効な対策を各々に考えさせようって魂胆なのよ」


「ああ、そういう。そう言われれば、俺が召喚されたのも納得っちゃあ納得だけど……」


「お願い……できそう?」


 自分らの要望がいかに強引で曖昧なものか、リヴィアは理解しているのだろう。伺うような上目づかいから、それが伝わってくる。急にこんなことを頼まれて『任せろ!』なんて俺には言えないけど、『人間のことを知りたい』っていうなら一役買えないこともない。


「わかったよ。できる限りやってみる」


 そう答えると、リヴィアはふわっと顔をほころばせた。普段の凛とした様子とは異なる安堵しきった表情に、不覚にも胸がどきりとしてしまう。


「ありがとう……先生」


「ああ、堅苦しいから『先生』じゃなくて名前でいいよ。グリゼルダって子はちょっと年下っぽいから違和感なかったけど、どう見ても同世代のリヴィアに言われると、なんだかそわそわする」


「そう? じゃあ……恭一」


「……!!」


(じょ、女子に呼び捨てにされた! なんか知らないけど胸がふわって! これが噂に聞くトキメキか……!)


 はうっ。なんて凄まじいパワァーだ!

 彼女の期待に応えたい……! 応えたくなってしまう!

 人知れず身悶えする俺をよそに、リヴィアは空になった茶器を下げ始めた。


「召喚されてから色々話詰めで疲れたでしょう? 部屋に案内するから、今日はもうゆっくり休んで? 夕食の時間になったら、また迎えに行くわね」


「あ、ありがとう……」


「そうだ、恭一。ひとついいかしら?」


「なに?」


「私、あなたが来たっていう『外の世界』に興味があるの。だから、その……」


 もじもじと赤面し、何かをお願いされる気配がひしひしと……


「今晩、あなたの部屋に行ってもいいかしら?」


「……!!」


 はい、喜んで~!と言いたいのをぐっと堪えて、俺はできるだけ紳士っぽく『いいよ』とだけ答えたのだった。

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