その2
よう、みんなは恋人って、いるか?
俺はいる。いるのだ!
相手は大学の後輩のゆりちゃんという子で年齢は三つ下。今年から社会人になる瞳の大きな可愛らしい女の子だ。
ああ、ゆりちゃん。ゆりちゃん。いとしのゆりちゃん。
ついに俺にも春が来た! 満開の桜だ! うおお!
俺は今、25歳。
新卒で入った会社を辞めて二年が経った。
今は小さな居酒屋でアルバイトをしている。少々将来に不安はあるが、ブラック会社で神経を削られるよりかはいいか、と自分に言い聞かせている。それに何より、春が到来しているのだ。
ああ! ゆりちゃん!
「……はあ。お主みたいな甲斐性のない男と付き合うなんて、あの小娘も男を見る目がないのぉ」
せっかく俺がテンション上がっているというのに、目の前に座る猫耳が何か言っている。
「おい、タマさん。うるさいぞ」
俺は目の前でミルクをチロチロ舐めている少女を睨みつけた。猫耳、尻尾付きの化猫だ。そう、ひょんなことから我オンボロアパートに居着いた化猫……もとい、自称『招き猫』のタマさんだ。
もう二年も我が家にいる。
「お主は、どうも女心というものがわかっとらん。誕生日に回転寿司はさすがに魚好きの儂でもどうかと思うぞ」
うぐ。思わず言葉に詰まってしまった。
「で、でも。ゆりちゃん喜んでくれてたぞ」
「そりゃ目の前で文句も言えぬだろうが、内心はドン引きじゃったと思うぞよ。こちゃフラれるな。すぐ、フラれるな」
チロチロとミルクを飲みながらタマさんは呆れた。
「せっかく、恋が成就したんだから、そんな縁起でもないこと言わないでくれよ!」
そう、恋人がいると言っても、付き合ってまだ一ヶ月のホヤホヤカップルなのだ。
羨ましいだろ。
「25歳になるまで恋人の一人もおらんかった男が。何を偉そうに……」
「うるさいなぁ。四百年も生きてる化猫じゃ、初めて恋が実った幸福な感覚なんて遠い過去すぎて思い出すこともできないだろ。黙っててくれよ」
「そもそも、お主があの小娘と付き合えたのも、儂のアドバイスのおかげじゃろ。お主が会社を辞めて不貞腐れておった時に、アルバイトも紹介してやったし、お主が気になるオナゴがいるというから、仲間と一緒にお膳立てをしてやった。お主が今日、こうして人並みの幸せを享受できるのは全て儂の指導の賜物ではないか」
「何を言ってんだよ。タマさんが紹介してくれたのはイカれたヤク中の天狗が経営してるバーじゃねえか。妖怪しか店に来ねえから毎日心臓が止まりそうになりながら働いたわ。それに、ゆりちゃんとの関係だって、タマさんが余計な
そうなのだ。化猫のタマさんの友人はロクな奴がいない。
天狗だ河童だ雨女だ悪魔だ天使だ魔界の番犬だって、そんな連中ばかりとつるんでいるのだ。
俺もタマさんと知り合ってから、そんなやばい連中とばかり関わってしまい、もう人生ははちゃめちゃなのだ。ブラック企業で鬱になりながら働いていたことなんて、前世の記憶かなってくらい遠く感じている今日この頃なのだ。
それにしても、早く出て行って欲しいというのに、この猫は自分勝手でなかなか出ていかない。困っている。
「にゃはは。ともかく、せっかくできた恋人じゃ。逃すでないぞ。儂もあの小娘のことは気に入っておる。鰹節をよく持ってきてくれるからの」
タマさんは偉そうに腕を組んで言う。
「わかってますよ。長年思い続けてようやく実った恋なんだ。絶対に、幸せにしてみせる!」
「ま、もしフラれたのなら、儂がこの美少女ボディで慰めてやっても良いからの」
クネクネと柔らかく体を動かして蠱惑的な笑みを浮かべるタマさん。
「だーから、俺はロリコンじゃねえつうの。てか、いつまでこの家にいるんだよ。さっさと新しい家を見つけて出てってくれよ」
「にゃはは。だって、住み心地いいんだもの。お主もなかなかに、からかい甲斐があるしの」
けらけらと笑い出すタマさん。まったく、この化猫は変わらない。
「まあ、いいっすけどね。でも、俺、そろそろ引越し考えてるから。こんなオンボロアパートじゃ、彼女も呼べないし、もう少し綺麗なマンションに引っ越したいなって思ってんだよね。なんなら、これを機に同棲なんかしちゃったりして。ぐふふ。そしたら、そこでお別れだからね? いいね?」
念を押すと少しタマさんは不満そうな顔をした。けど、すぐに表情を緩めて頷いた。
「まあそうなったら仕方ないのぉ。わかったわかった。じゃ、お主が引越しをする時まで、厄介になろうとするかのぉ」
「別にすぐに出てってもらっても構わないけどさ」
「にゃはは。ほざけほざけ」
タマさんは楽しそうに笑ってミルクを啜った。
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