第6話 ときめき(恋なんかじゃないからね!)

 男子はお父さんから斧を受け取ると右手だけで持ち上げた。


「なかなか力持ちじゃないか!」


 お父さんは素直に感心してるけど、絶対人間離れしてるからね⁉


 それからは一瞬だった。男子は私の目では追えないほどの速さで魔王に攻め寄り、地面にひっくり返っている魔王の腹をめがけて、大きく頭上から振り下ろし、


「……<舞火>」


 焼ききった。



 その光景を例えるならば、炎の草原。


 お父さんの<舞火>は荒立てる大波のような炎ならば、この男子の<舞火>は静かにそよぐ風のような炎だ。


 放射状に広がっていくその様子は、まるで型にぴったりと収まっているような安定感のある舞。ブレイクダンスというより日本舞踊だった。


 そよ風のように見えたのは、私たちのような外野だけだったかもしれない。そこには少しの灰でさえも残っていなかった。これこそ、消えたという表現が正しい。


 今気が付いたのだが、蝉の魔王の後ろに引っ付いていた大勢の蝉たちの姿もなかった。先程の<舞火>でついでに魔王と一緒に消しておいたのだろうか。今日初めて魔法を見たレベルの私には到底見極められないことだった。



「よくやった。さすがはVIPだ!」


 ガハハハッと大口で笑って、楽しそうに手を叩くお父さん。


「……だから違いますって」


 男子の方は相変わらず素気ない態度だった。



 どうやら戦いは終わったようだ。まるで何事もなかったかのように微笑ましい雰囲気になっている。


 私は驚きのあまり何も言うことができなかった。いや、喜んでいたのかもしれない。


 私の心臓は今までにないリズムで胸打っていた。もちろん、実際にそうだったわけではないだろう。別にBPM230超えとかいう意味でもない。これに一番近い言葉は”ときめき”だろうか。


 私もお父さんの文句は言えないぐらい、彼の達人技を楽しんでいたようだ。


「ところで、VIPは何者なんだ?」


 あれだけ知り合いっぽかったのにわかってなかったの!?


 能天気な父親だ。男子だって呆れているだろう。


 男子は静かに口を開いた。



「……はじめまして地上の人。俺は森嶋零時もりしま れいじ。”全ての魔王を倒すため”に”地獄”から来た」



 彼はまたとんでもないことを言ったのだ。




 これが私と彼の出会い。この出会いがきっかけとなり、この残り少ない夏休みで私がどんな目に遭うのかを、私はまだ知らなかった(未来の私の声)。


 いやぁ、それにしても、またあんなのと遭遇するのはごめんだね。またはお父さんの名刺を100枚ぐらい持ち歩いていた方がいいね(現在の私の声)。


 ……本当に何も知らなかった(未来の私の声)。

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のいずぃー×さいれんと~中二女子が綴る『勇者』と『魔王』の観察記録!?~ 叶ノ葉 @kanoha

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