第5話 早朝出勤のお父さん~娘のためなら頑張れる~

「お父さん⁉」


 この男が私のお父さんであり、魔物退治のプロ・祓い屋だ。


「……つまり、お前の群れのセミが捕まったのはただの偶然じゃない。魔物討伐のためってこと。まぁ、トリモチが仕掛けられてたのは時の運ってやつだけど。おかげで俺まで被害にあったし……」


 相変わらずの無表情で淡々と圧をかけにくる男子。蝉の魔王は顔を引き攣らせて怯えている(と思う)。


「さあて、大方の魔物はそこのVIPに片づけてもらったからな。あとは魔王だけか」


 VIP? この男子のことだろうか? この男子とお父さんは知り合いだったのか。全然知らなかった。仕事仲間なのかな?


「魔法の一つも使えない人間ごときに何ができる」


 見下した態度で蝉の魔王は言った。


「もしかしてさっき地上に出てきたばかりで何にも知らないのか?」


 負けじとお父さんも上から目線で言う。


「お前の言うように、単体としては魔力も持っていない人間は最弱だろうな。だから、人間は道具にこだわって生き抜いてきたんだよ!」


 斧を見せつけるように両手で握りしめる。


「<魔力武具>。さっきうちの会社に届いたばかりの新入りだ。この力、お前で試させてもらおう!」


 斧が淡い赤色の光を帯びた。


「<舞火>!!」


 お父さんは斧を豪快に振るって敵を横殴りにした。野球ボールのように巨大蝉は吹き飛び、近くの木に背中を打った。蝉はジジジとかなり弱った鳴き声を出す。


 斧の刃の部分が熱を持ち、巨大蝉の羽を溶かしたため、蝉は力なく飛ぶことができないようだった。


「う―ん、イマイチだな」


 あの威力でイマイチなの⁉


「やっぱり俺にはいつもの愛剣の方がいいな。俺、斧なんて使ったことないし」


「斧使いじゃなかったの⁉」


 思わずツッコミを入れてしまった。


 そりゃあ、満足のいく戦い方はできないでしょ⁉ いや、十分すごい活躍でしたけれども!


 私はお父さんが仕事してる(戦っている)姿は一度もみたことがなかった。正直、「祓い屋? 念仏でも唱えてんの?」って感じだった。


 魔王も魔物もこんな田舎じゃ頻繁に現れるわけでもない。ニュースで目撃情報があったなんて話を聞く程度の架空の生き物的存在だった。


 こんな怪物たちと自分の父親が戦っていると思うと、初めてお父さんを尊敬してしまう(多分、まるっきり初めてじゃないと思うが、尊敬した記憶なんて全くない)。


「……剣の<魔法武具>は持ってないんですか?」


「ああ、本部から送られたのはこの斧一本だけだったんだよ。慣れないことしたせいでどっと疲れたぁー」


 お父さんは疲れ果てたように肩で息をしながら斧を地面につけた。


「……いや、初めての魔法にしては上出来だと思いますよ。でも消耗が激しい。後は俺がやるのでその斧、貸してくれませんか?」


 手ぶらで火を起こしたあなたに武器は必要ですか?


 とも思ったが、彼なりの策があるのだろう。


 私は何も口に出さなかった。


 それに、私自身、この斧の本当の使い方を見てみたいという気持ちがあった。戦い方とか作法とかは全く知らない。ただ、お父さんのさっきの一振りは本当にイマイチだったのかを知りたかった。


 自分でもどうしてこんな気持ちになるのかわからない。どうせ私なんかが役に立つ場面なんてこの先はない。とっとと逃げてしまえばいい話だ。


 それでも私の足は後ろを向こうとしなかった。


 私は楽しんでいるのだろうか、この戦いを。


 その疑問に答えてくれるのは、あのスーパー男子の斧技のみ。



 まぁ、少なくとも、私のお父さんはものすごく楽しんでいた。


「VIPのお手並み拝見ってことだな」


 相変わらずの曇りのない満面の笑みだ。


「……そんな大層な身分じゃないです。それに俺はあなた方に一切連絡もせずここに来た。どうして俺を知っているのか、後でじっくり聞かせてもらいますから」


「へいへい。そんじゃ、よろしく」


「……」


 男子は無言のまま、コクンと頷いた。


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