第3話 101匹以上のうるさいヤツ
目の前には2メールの大型セミとその後ろに並ぶ、百を超える蝉の大群がこちらを睨みつけていた。
後ろのセミたちはせわしなくミンミンミンミンと鳴いている。百匹分の鳴き声が重なっているため、むしろ蜂のようにブンブンブンブンブンブンと威嚇しているように聞こえた。
傍から見るとただのうるさい茶色の塊なのだが、こう目の前にしてみると一匹一匹がうじゃうじゃと飛び回っているので、正直気味が悪い。
「……意外と冷静なんだね。魔王が目の前にいるのに」
先程の男子は私の隣に並んでボソッと言った。
「本当にそう思いますか?」
完全に腰が引けたまま涙ぐんで彼の方を見る私。逆になんであなたはそんなに冷静なんですか?
正直、魔王のことは言って欲しくなかった。1番得体の知れないものを必死に気にしないようにしといたのに。
もちろん、マジで怖いです。ほんとに幻じゃないかって疑ってます。そもそも魔王なんて生まれてこの方、見たことないですもん。
あの男子はというと
「……ふーん」
と他人事のように流した。
「……なんとなく状況は掴めた」
いつ!? どうやって!? 簡単にモノを燃やせるような君は絶対普通じゃないのはわかってるけども、少なくとも平凡な私からしてみれば何もわからなかったけど⁉
「……わからない? 要はアイツらの仲間のセミが、キミのトリモチに引っかかって、それを俺が焼いたってこと」
えっと、つまり、また私の責任ですか? またあの、ねばぁ~なヤツが問題起こしたんですか?
焼いたってことは、そのセミ殺しちゃったから、あの魔王たち怒りませんか?
ツッコミたいのは山々なんだけど、とりあえずヤバいってことはわかった。当然、頭の中は真っ白。トリモチの対処以上にどうすればいいかわからない。
私が沈黙を貫いていると、男子はちらっとこちらを向いた。
「……もちろん、アレもキミのせいだからちゃんと責任とってもらうよ」
「えっ!??」
マジで言ってるんですかこの人! 確かに私の責任かもしれないけどこんなのどうしろっていうんです?
「……手助けしようか?」「お願いしますっ!!」
当然即答。深くまで頭を下げた。
それにしても、なぜこの人はここまでしてくれるのかは謎だ。だって私たちは初対面だし、挙句の果てに私は結果的に彼にトリモチをつけてしまったのだ。
これがこの人の優しさなのか。未だミステリアスな男子ではあるが、どこかたくましさを感じる。本当に心強い。
「ありがとうございます」
「……まだ何もやってないけど?」
「協力してくれるなんて言ってもらえるとは思いませんでしたから嬉しいんです」
「……そう」
そっけない男子。私を適当に扱っていると言うよりかは、私の感謝の意味を理解できないでいるようだった。
もしかしたら不器用なだけで、根はとても良い性格をしているのかもしれない。
「……じゃあ、俺はキミを喜ばせたから十分助けたよね? あとは任せていい?」
「ダメですよ!!」
とはいえ、この人の行動パターンは読めない。安心して油断しきっていたら、いつ、何をやりだすかわからない。思考回路も全く読めないし。
すぐに1人で突っ走って、私が置いてけぼりにされたらどうしよう。
「……状況、把握できてる? 質問があるなら受け付けるけど?」
意外と良心的な心も持っているみたいで私は安心です。はー、よかった。見捨てられなくて。
で? 質問ですか。ありまくってしょうがないんですけど。でも私が1番聞きたいことは決まっている。
「あなたの助けがあれば、私はこの状況をどうにかできますか?」
「……どうにかって、具体的にはどうしたいの?」
不思議なことを聞く人だな。
「決まってるじゃないですか」
あの魔王を納得させ、逃げ出すことだ。最悪、納得させられなくても、命の安全だけは守っておきたい。
「……あー。夏休みの自由研究のための素材を増やすってこと? 俺プラスあの魔王で実験する?」
「お断りです!!」
「……仕方ない。俺があいつの分まで実験されるよ」
「あなたの実験もしません!!」
「……そう。絶対金賞もらえるのに」
そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!!?
マイペースな人だと思ってはいたけれど、頭の中までマイペースだったとは。この人の想像力には恐れ入る。
「とにかく、安全に逃げないとですね。何かいい方法は-」
「我らがいつまでも大人しくしているわけないだろう? 愚かな人間よ。第三系統魔法<絶鳴>」
前方に青白いなにかが光ると、大音量の鳴き声が発せられた。今にも私の鼓膜が破れ弾けそうだ。セミの魔王は悠然と同じ場所に飛んでいる。
まだ早朝だというのに気温がどんどん上がり、先程よりさらに暑くなっている。まるで真っ昼間のようだ。じっとしているだけなのに汗がどんどん流れてくる。その上、耳に入り込んでくる鬱陶しい蝉の鳴き声。そのせいなのか眩暈がしてきた。
「……うるさいんだけど」
男子は視線をゆっくりとセミの魔王に向け、ジト目で睨みつけた。
すると、あの鬱陶しいセミの鳴き声と私の眩暈が一瞬で消えた。
「我らの第三系統魔法<絶鳴>を破っただと!?」
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