第2話 ワタシガヤリマシタ(気絶)
思わず心の中で発狂してしまった。
もし私が「このトリモチつけましたぁ!」って言ったら、この人許してくれるかな?
でも彼の今の様子だと相当キレてるよね? っていうか怒りのあまり心の中でなんか呪いとか唱えてないかな?
頭が真っ白のまま、私は逃げる勇気もなく黙って立ち尽くす。
キーンと耳鳴りがして意識が遠のきつつあった。
「……そう。君の真意は伝わったから何も言わなくていいよ」
トリモチにかかっていた男子は意味不明なことを言って、やっと私から目を離してくれた。
真意? それが何の意味を表すのかは知らないけど、見逃してもらえたようだ。バンザイ! 神様ありがとう!
「……それにしても夏休みの研究課題のために俺を捕らえたなら、事前に実験内容を教えてほしい。心の準備が必要だから」
「色々誤解しているみたいですけど!!? それよりどうしてそれを知っているんですか?」
「……自分で言ったこと覚えてないの?」
まるで話が噛み合わない。
もしかして私、心の中で思っていたことを思わず口に出していた!? なんという大失態。
「……気絶してるっぽかったから無理もないね」
「私、気絶してたんですか!!?」
それなら自分で言った記憶が抜けているのかもしれない。……本当に自分言ったっけ? 微塵も記憶にないんだけど。これが記憶喪失……恐ろしい。
「……仕返しって言った時から血相変えてた」
その言葉を聞いて私は肩をビクッと震わせた。そういえばトリモチつけた犯人に仕返しするために待ち伏せしてたとか……。
ってことは私、この人にぶん殴られるの!!?
「……大丈夫。命は取らない。責任はとってもらうけど」
彼は口角を少し上げて何か悪だくみをしているように笑った。そのとても不気味で挑発的な彼の態度はよりいっそう私を恐怖させる。
一体私は何をされるのだろう……。
怖くて仕方がなかった私は現実から背けるように目を瞑った。
これは幻、そう幻なんだよ(自己暗示)。
「……とりあえず、このトリモチ取っていい?」
「もちろんです!!」
思わず私は目をカッと見開いて、勢いよく即答してしまった。てっきり拳が飛んでくるのかと思って心臓が止まりそうだった。
すでに私の頭の中には、自由研究のカブトムシ採集など微塵も残っていないので、こんな事態を生み出した忌々しいトリモチを燃やしてやりたいところだった。
私には出発する前に渡された、お父さんのカバンがある。お父さん曰はく「俺の探検セット」らしい。
出てきたものは、懐中電灯、乾電池、折りたたみツルハシ、謎のガシャポン玉、非常食のビスケット、お父さんの名刺。
お父さんは一体私がどこに行くと思っていたのだろう……。
結局使えそうなものは入っていなかった。
彼には申し訳ないが、これをはがすには1度私が家に戻って相応の道具を持ってこなくてはならない。
「……大丈夫。自分で燃やせるから」
それは助かった。ちょうど私じゃどうしようも出来なくて困っていたし。私は心の底から安心した。
だから私はその時、何も疑問に思わなかったのだ。今、ふと疑問符が浮かんだ。
彼は、手ぶらのまま、どうやって”燃やす”のだろう?
その答えはすぐに明らかになった。彼の人間離れした行動によって。
「……燃えろ」
そう言って彼は木の根元を軽くつま先で小突くと、音もなく青々とした緑陽樹が真っ赤に染まり、火花を散らした。
「っ!??」
私は思わず目を丸くする。
ただのつま先チャッカマンではない。彼は手品のように、一瞬で丸ごと1本の木に火をつけたのだ。いや、手品の枠を超えている。これは魔法としか理屈を付けようがない。って言ってる私も魔法なんて実際に聞いた事も見たことも無いけど。
一体何者?
例の男子はトリモチが無事取れたのを確認すると体を離し、もう一度木を小突いてあっという間に消火した。
不思議と木に目立った外傷はなく、何事もなかったかのように生い茂っている。
驚いて何も言えない私に気がついた男子は、向き直って小さく口を開けた。
「……安心して。環境保全のために木の表面しか焼いていないし、二酸化炭素が発生しないように魔力に変換したから」
安心できるか!! 逆にこんな神業見せつけられて恐怖でしかないし!! わざわざ解説してくれたけど絶対理解できないし!!
「……理解不能だった? それならもう1回見せてもいいけど?」
お願いですからやめてください!
ただでさえ冗談じゃない話なのに、無表情で言われると本気でやるつもりなんじゃないかと誤解してしまう。ほんと心臓に悪い。
もう一度燃やすというのは、どうやらマジな話ではなかったようだ。ひとまずほっとする。
「えっと、すみませんでした。これに電話番号書いてあるので何かあったらここにかけてください」
私はカバンの中に入っていたお父さんの名刺を渡す。これにはお父さんの名前の他に電話番号も一緒に書いてあった。まさかお父さんの探検セットの中で唯一役に立ったのが名刺とは。
さて、お粗末ではあるが中学生にできる責任の取り方(=親の力を借りる)をしたので、私はそろそろ失礼し……。
「……ねぇ、そっちに行くと危ないよ?」
ん? まだ何かするつもりなんですか? でも私はこれ以上関わりたくないので……………ん?
まったく緊張感のない無機質な声でデンジャラスなことを言われたので、私はその深刻さに気づかなかったようだ。
「我が名は<猛暑の魔王・オーツイフ>。我が同胞を返せ!!」
目の前では2メールの大型セミと、その後ろに並んでいる、百を超える蝉の大群がこちらを睨みつけていた。
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