第31話
ミトラの説明を聞いたビオは、それでもわからないことがあると質問を追加した。
「なぜそこまでして、彼に冒険者稼業を続けさせようとするの?」
ミトラはその質問が投げかけられた瞬間にぷっと吹き出し、鼻で笑ってみせた。
しかし、ビオの表情が変わらなかったから、眉をひそめて吐息を吐きながら聞き返した。
「本気で聞いてるんですか?」
「一人の冒険者に固執する理由がわからないもの」
「……本当にわからないんですか?
考えることを放棄しているだけではありませんか?」
「考えるのが面倒になっていることは否定しないけどね。
すぐに思いつくような理由がないのは、本当のことよ」
ビオの回答に、ミトラは大仰に、顔を俯かせて肩を落としながら大きな溜め息を吐いてみせた。
そしてしばらくそのままの状態で身動きを止めた後で、気を取り直すようにひとつ呼吸を挟んでから、顔をあげて言葉を続けた。
「グレンさんの実力は理解できていますか?」
「べらぼうに強くてしたたかな冒険者だということは、理解しているつもりだけど」
「それが字面を理解しているだけでないのなら、少し想像力を働かせるだけで理由に思い至ることはできると思いますが?」
「……あんたはこう言いたい訳?
彼が強いから手放したくないって」
「その通りです」
ミトラは物分りの悪い人間がようやっと正解を口にしてくれた、と言わんばかりに不満と満足が入り交ざった表情を浮かべながら頷いた。
ビオはミトラの態度が鼻について仕方がなかったけれど、考える手間を惜しんだ代償ということで甘んじて耐えた。
ただ、わからないことは残っていたから問いを重ねた。
「有用な人材を手放したくない、という理由は理解できるわ。
誰だって、便利に使えるものが手元からなくなることを惜しいと思うものでしょうし」
一息。
ビオはあえて間をあけて、ミトラの意図が理解できないのだと強く主張するために語気を強くして言葉を継いだ。
「でもね、たとえばこの街で有名な冒険者が身を引こうとする、つまりグレンと同じような状況が発生したときに、あなたほど周到に準備をして型に嵌めてまでその誰かを留めようとする人間はいないと断言できるわ。
だから聞いているのよ。なぜそうまでして彼に冒険者稼業を続けさせたいのかと」
ミトラはビオの言葉を受けて、ふむ、と何か得たものがあったかのように頷いてから、考え込むように腕を組んだ後で片手を顎に添えた。
ビオはミトラからの回答を急かすように言葉を重ねる。
「グレンって実は中央の冒険者といえばこの人! みたいな有名人なの?」
「いいえ。彼と似たような実力者はほかにも居ますし、彼以上の力を持った者もいます」
「それでも足りないし回らないほど中央ってのは忙しいの?」
「いいえ。彼一人が欠けたくらいで回らなくなるほど、人手不足に陥ってるわけではないですね。
一人でも多いほうが楽であることは間違いないですが」
「それじゃあ、そんなに執着しなきゃいけない理由ってのは何なのよ!?」
ビオが押し問答のようなやり取りに我慢ができなくなったのか、声を荒げて問いかけた。
ミトラはそんなビオの様子を見て、心底落胆したように長い長い吐息を吐いた後で、表情を消して冷ややかな視線を向けながら口を開いた。
「理解に苦しむ程度の低さですが、時間を与えてなおわからないと仰るのならば言葉にしましょう。
私がグレンさんに冒険者でいて欲しい理由は、単純なものです。
街をこれほどまでに容易く壊す力が枷もなく自由に動いている状況など、恐ろしくてたまらないからですよ」
ミトラの口から出てきた回答、その内容があまりにも予想外だったがために、ビオは絶句した。
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