第30話
ミトラは少しだけ考えるような間を挟んだ後で、なんでもないことを言うような口調で話を始めた。
「今回のグレンさんへの依頼、その最も大きな目的は、彼が冒険者をやめることが出来ないような理由を作ることでした」
ビオはミトラの言葉を聞いて、眉をひそめながら率直な感想を口にした。
「……何がどう繋がっているのか、よくわからないわね」
「そうですか?」
ミトラはビオから視線を外して、周囲を見渡す。
つられるように、ビオもミトラの視線を追う。
そこには、壊れた建物の数々があった。
「これだけ壊せば損害も相当なものになります。
その賠償を個人が背負うことになれば、少なくとも今の仕事をやめるわけにはいかなくなるでしょう」
ビオはミトラの発した言葉の内容に、引きつったような笑みを浮かべながら問いかける。
「本気で言ってるの?」
ミトラは平然とした様子で、何を当たり前のことを言わんばかりに吐息をひとつ吐いてから続けた。
「本気でしたよ。
そのために、不本意ながら、非常に曖昧な口約束という形で依頼を出したんですから。
私と彼が交わした契約は討伐に関してのみ。それも報酬に関することだけです。
その過程で発生した被害に関する保障などの話は一切ありませんでした」
ミトラは視線を再びビオへと戻して、いたずらな笑みを浮かべながら言葉を継いだ。
「……あなたたちの殆どはあまり意識していないかもしれませんが。
寄合所を通して依頼を受ける場合に署名する書類って、実は依頼達成過程で発生する周囲の損害を気にしないで済むような保険とかをしっかりと適用するためにあるんですよ」
ビオは降参というように両手をあげて、硬い声音で宣誓をするように言った。
「安易な口約束はしないように気をつけることにするわ」
「賢明な判断です」
くすくすと笑いながらそう応じたミトラに、ビオは両手を下ろしつつ、頭の中に浮かんだ疑問を投げかける。
「ただ、あのグレンって冒険者は、そんな賢明な判断もできないほど馬鹿な人間には見えなかったけれど」
ビオの質問に、ミトラは笑みを消してから応じる。
「そうせざるを得ない状況があっただけですよ。
彼は私個人に約束させたいことがあった。だから引き受けざるを得なかった」
「それを利用して型に嵌めようとした、と」
「そういうことになりますね。
有象無象の冒険者なら、うっかり先に行動を起こしてひっかかってくれるのですが」
一息。ミトラは手に持っている書類に視線を落として、
「グレンさんみたいな海千山千の冒険者ともなると、対応もきっちりしてますね。
街の復興費用は俺に押し付けるなよと、行動を起こす前に関係各所へ言っておいたみたいです」
ビオへと視線を戻すと、そう言いながら残念そうに溜め息をひとつ吐いた。
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