第29話
「失礼、取り乱してしまいました」
ミトラはまるで手の痛みで悶え苦しんでいたことがなかったかのように取り澄ました表情を浮かべると、簡潔に謝罪の言葉を述べた。
「……落ち着いてもらえたなら何よりです」
ビオは初対面ということに加えて、得体の知れない相手ということもあってそう応じるだけで精一杯だった。
ミトラはそんなビオの様子を気にした様子もなく、言葉を続けた。
「さて、仕事の話をしましょうか。
……グレンさんから直々に代理報告をするようにお願いされたというお話でしたが、その際に書類などを預かっていませんか?」
ビオはミトラの質問への答えというように、無言で書類の束を差し出した。
ミトラはそれを受け取ると、ぱらぱらと音を立てるように中身を流し見て――確認が最後の頁まで辿り着くやいなや、大きな溜め息を吐いて肩を落とした。
ビオはグレンから手渡された書類の中身もミトラという人物のことも知らなかったから、ミトラの反応の意図を素直に尋ねた。
「なにか問題でも?」
「何もありませんよ。なにせグレンさんのした仕事ですからね」
ミトラは余所行きの作り笑いを浮かべながら肩を竦めつつそう答えた。
だから、ビオは質問を追加した。
「じゃあ、なんでがっかりしているのか聞いてもいいかしら」
ミトラはビオの質問に、意外なことを聞かれたと言うように軽く目を見開いてみせた後で答える。
「……私のちょっとした思惑が外れてしまったからですよ。
誰だって何だって、期待していた結果が現実にならなかったら残念に思うものでしょう?」
ミトラの驚きには、当然のことを聞かないで欲しいという質問者への嘲りが含まれていたから。
ビオは少しだけ視線を鋭くして、問いを重ねる。
「グレンがあの竜を倒しただけでは足りなかったと?」
この問いかけに、ミトラは今度こそ純粋な驚きによって表情を変化させ、
「――あら、グレンさんに依頼を出したと喋った覚えはありませんが」
ビオは得られた反応に満足したように鼻で笑ってみせてから、ミトラが口にした疑問に対する答えを口にした。
「本人から聞いたのよ。中央で依頼を受けたからこの街に来たってね。
そしてその縁があったから、私は今ここにいるってわけ」
ミトラはビオの言葉に納得の頷きを返すだけだった。
しかしビオはまだ質問の答えをもらっていなかったから、言葉を続けた。
「あなたがなぜ竜が復活するという事実を把握していたのかはわからないけれど、グレンに出していた依頼は、あの竜の退治が目標だったわけよね。
それならその目的は無事に達成されたはずだけれど、あなたはそこにいったい何が足りないと言うの?」
「……答えなければならない理由が見出せませんね」
「こちらはあなたの疑問に明確な答えをあげたじゃない。
その対価として、私の疑問に答えをくれてもいいんじゃないかしら?」
「知らなかったほうが楽に生きることができるという事実も、世の中にはあるものですが」
「冒険者にそれを言ってどうするの」
ビオが笑ってそう応じると、
「程度は違えど、冒険者らしい冒険者ですね。
グレンさんが気に入りそうな方です。
……まぁ、隠すような話でもありませんし。
愚痴の代わりと思って説明をして差し上げましょうか」
ミトラは更に納得を深めたように何度も頷きを返してから、話を続けることにした。
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