第13話


 店員が料理をもってきたことで、場の空気が少し緩んだ。


 沈黙が始まってから時間が経ち、困惑よりも躊躇によって口が開けなかったビオは、これ幸いとばかりに会話の口火を切った。


「……それで、私に聞きたいことっていうのは?」


 グレンは料理からビオへと視線を移して、手の動きで料理に手を伸ばすことを勧めながら応じて言った。


「単純に、何か心当たりがあれば教えて欲しいんだ。

 最近何か珍しいことや不思議に思うようなことは起きていなかったか、なんて情報でも構わない」

「ここに来るまでに情報収集とかしなかったの?」

「しなかったわけじゃないさ。結果として手がかりを得られなかったという話だ。

 地元の人間しか知らないこともあるものだろうし、そこに期待をしているという流れだな」


 ビオはグレンよりも先に料理に手をつけることを躊躇うような素振りを見せたものの、グレンの促しに従って料理に手を伸ばした。

 そして続く動きで一口含み、料理の味に満足したようにふっと表情から力を抜いた後で、眉尻を下げながら言った。


「……こんなに高価な料理をご馳走してもらってこう答えるしかないのは、大変申し訳ないのだけれど。

 心当たりなんてまるでないわね」

「変わった様子はないか」

「そりゃあまあ、それなりに人が集まっているんだから、物騒な騒ぎや揉め事はあるけれど。

 中央にまで依頼を出すような難しい問題は発生していないはずよ」

「君が知らないだけという可能性は?」

「それこそないわね。

 あなたが受けた依頼は、おそらくだけれど、討伐に分類されるものでしょう?

 その対象が中央の手も借りなければならないほどに厄介なものだというのなら、街の人間に隠しながら解決するのはほぼ不可能よ。

 少なくとも、街の警護にも借り出されることもある私たち冒険者に、知らせない理由はない。

 だから逆に聞きたいくらいだわ。

 あなたは本当に、中央でそんな依頼を受けてきたの?」

「これはまた、手厳しい返しだ」

「こうなると、そもそもあなたが中央で冒険者をやっていたのかどうかも怪しくなってくるわね」

「たかだか世間話に高級店の料理を奢るだけの財力は、証拠としては弱いのかい」

「金を持ってる人間は、職業を問わなければいくらでもいるでしょうよ」

「確かに。それもそうだな」


 グレンはそう応じると、声をあげて笑った。


 ビオはグレンの笑い声を聞いて、目を細めながら話を継いだ。


「そうやってこちらの皮肉を流すのはいいけれど。

 こちらがどう感じるのかを、少しは考えてもらいたいところね」

「真面目に取り合って、売り言葉に買い言葉で剣呑な雰囲気になるのがお望みなのかい」

「……そういうわけじゃないけど。

 かわされ続けるのもいい気はしないものよ」

「俺は思ったことを素直に口にしてるだけなんだがね」


 グレンはそう言って肩を竦めて溜め息を吐いた。


 ビオはグレンの態度を見て、このままではらちが開かないと判断して言葉を続けた。


「どこまでが本当の話なの?」

「俺が中央で冒険者をやっていたことや、中央で曖昧な依頼を受けてわざわざここまでやってきたというのは本当のことさ」

「じゃあ依頼の内容に嘘があるのね」

「さて、どうだろうな。これから本当になるのかもしれんぞ」

「……どういう意味よ」


 グレンはビオの言葉に応じず、強引に話題を切り替えた。


「最後にひとつ質問だ。この土地に英雄譚と呼べるものはあるかい?」


 突拍子もない質問を受けて、ビオは呆れたような吐息を吐きながら聞き返した。


「たとえば?」

「生贄を求めてやってきた化け物を勇者が退治するとか、そういう話だよ」

「そんなのどこにだってあるんじゃない?」

「この街が舞台となるものがあるのかどうかって聞いてるんだが」


 グレンの声にはここまでに交わした会話の中には無かった真剣さがにじみ出ていた。


 その声音と話題の不釣合いさに、ビオは当惑を禁じえなかったけれど。おぼろげな記憶の中を探って、思い当たるものがあったからこう答えた。


「……竜を退治する話なら、あったと思うけど」


 それがどうしたというのかと、そう言葉を続けようとしたビオの視線の先には、困ったことになったと全身で表現するグレンがいた。


 ただ、グレンがそんな様子を見せていたのは一瞬だけだった。


 ビオの視線に気づいたグレンはすぐさま態度を戻して、気にするなと言うように手を振ってみせた。

 続く動きで助かったと礼を述べると、席を立ってこう言った。


「その料理は情報提供に対する報酬として、ゆっくり楽しんでくれ」

「まるで最後の晩餐みたいね」

「そうならないことを祈っているよ」


 グレンはそう続けると、それじゃあなとその場を立ち去った。





 料理屋の個室に一人残される形となったビオは、グレンとのやり取りを思い起こしながらこう呟いた。


「伝説が蘇るとでも言うのかしら」


 その声には、ありえないだろうという、心底からの疑いがこめられていた。





 料理屋を出て、一人で街中を歩き進むグレンは、ビオとのやり取りから得た情報を整理しながら、


「どうしたもんかねえ」


 まるでこれから不運に見舞われることがわかっているかのようにうんざりした表情を浮かべて、溜め息を吐いた。


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