第5話


「他の方に聞かれても困る話です。場所を変えましょう」


 ミトラがそう言って、グレンを連れてきたのは同じ建物内の別室だった。

 外と同じように、夜闇をものともしない強い灯りで照らされたその部屋の中で、ミトラとグレンは机を挟んで向かい合うように椅子に座っている。


「厄介な話じゃなければいいんだがなぁ」

「そんなわけないじゃないですか」

「頼むからそこは否定しておいてくれよ」

「否定はしてますよ」

「……口じゃあ勝てそうにないな。さっさと本題に入ってくれ」


 グレンがうんざりとしていることを隠さない声音でそう言うと、ミトラはくすくすと笑った後で話し始めた。


「話が早く進むのはとてもとてもいいことです。

 肝心要の内容ですが、ざっくり言えば討伐依頼ですね。

 そろそろ襲撃される時期が近づいている街がありまして、そこに行って事態を解決してもらいたいんですよ」


 ただ、ミトラの口から出てきた内容は重要な情報がいくつも抜け落ちていた。


 グレンは呆れたと言わんばかりに溜め息をひとつ吐いてから言った。


「いくらなんでもざっくりまとめすぎだ。

 せめて、何に襲撃されるのかとかいう情報と、解決っていうのはどういう状態のことを言うのかって達成条件をきっちり説明してくれよ」

「いやぁ、説明したくても説明できないんですよね、これが。

 なにせこの依頼、よその街からの応援要請なもので。詳細が不明瞭なんです」

「……そこは詳細に書いてあってしかるべきだろ」

「まぁよそに依頼すればそれだけ高くつきますからね。

 とにかく人手を確保するために、内容を軽く書いたり、詳細をあえて書かなかったりすることはよくあることです。これもその一例というところかと」

「よその街って言っても、少し調べれば何が起こってるかわかるんじゃないのか」

「調べればわかるかもしれませんが、調べてないのでわかりません。

 よそのことなんて知ったこっちゃないですし」

「無責任か」

「権利が伴わない責任なんて誰も負いたがらないもんですよ。

 どこでもそうです」

「そんな依頼、誰も受けたがらないだろうなぁ」

「ええ。だから、あなたにお願いしているんです」

「俺だって受けたくないぜ、こんな怪しい依頼」

「でも、今なら受けてくれるでしょう?」


 ミトラはそう問いかけながらにんまりと笑ってみせた。


 グレンはミトラの笑みを見た後で、降参だと言うように両手を肩のあたりまであげてからこう言った。


「……手に負えない内容だとわかったら迷わず引くぞ、俺は」

「情報をちゃんと持ち帰っていただければ、それで十分ですとも」

「報酬が釣り合えばいいがな」

「そこは任せてください。損は絶対にさせません」

「達成できれば、だろう?

 道中の出費もあるんだがなぁ」

「それは冒険者稼業じゃあ避けられないものでしょう」

「違いない」


 グレンはそう言って笑った後で、言葉を続けた。


「では、条件を整理しよう。

 報酬の発生条件は詳細の報告、あるいは状況の解決。

 報酬そのものは達成内容に応じて決める。要相談。ただし、お互いに損はしない前提だ。

 それでいいな?」

「そういうことになりますね」

「経費は報酬とは別に要求するぞ?」

「それくらいは飲みましょう。内容は精査しますが」

「損はさせないんだろう?」

「大きな利益を得られるとは言っていませんよ」

「見合う報酬だと思えなければ、それだけで損だ」

「……承知しました」


 グレンはミトラの回答に満足したように頷き、椅子から立ち上がると、


「それで、俺はどこに向かえばいいんだ?」

「街道上における最東端にある街、ミスタンテです」

「……安請け合いしちまったなぁ」


 そんな会話を交わした後で、部屋から立ち去った。


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