第4話


「こんな夜遅くまでおつかれさまでーす。ご用件をどーぞ」


 こんな時間によくも来てくれやがったなと言われているかのような、うんざりした調子の言葉が響いた。


 グレンはその声を聞いて、思考の海に沈んでいた意識の焦点を、現実に引き戻した。


 場所は変わって、グレンが今いるところは街の中心部にある建物の一角だった。


 夜中だというのに賑わう外と同じく多くの人間が出入りするその建物の中で、空間に一線を引いて区切るような形で設けられた受付と書かれた案内板の立つ窓口のひとつ、そこに立っていた。


 誰もいない窓口、その傍にある呼び鈴を鳴らして誰かが来るのを待っていたのだと、グレンは現状を思い出した。

 そして、聞こえた声には覚えがあると思って音源に視線を向ければ、見知った顔がそこにいた。


「おいおい、知り合いが相手だからってあからさまに態度を変えるのはよくないぞ」

「私は誰が相手でもこんなもんですよ。

 それに、輪番で夜待機とか外れ仕事もいいとこなんです。

 誰がやったって似たような対応になります」

「それは盛ってるだろ」

「事実ですぅ」

「どうだかな」


 彼女はグレンとそうやって世間話を続けることに嫌気が差したのか、長い溜め息を吐いてから問いかけた。


「……暇だから遊びに来ただけなんですか?」

「違うよ。真面目な話をしに来たの、俺は」

「――では、真面目に。

 冒険者寄合所窓口担当のミトラがご用件をお伺いしましょう」


 グレンはミトラの態度の変わりように、相変わらず切替が早いと笑った後で話を継いだ。


「登録情報の変更依頼だ。所属情報の部分を初期化してほしい」


 ミトラはグレンの言葉を受けて、かすかに驚いた様子を見せたものの、


「……承知しました。登録証をお預かりします」


 定型句を口にした後で、作業を開始した。


「一党の所属一覧からも名前を消しておいてくれ」

「ええ、対応しておきますとも」


 ミトラは作業を続けながらグレンに問いかける。


「しかし随分と急に話を持ってきましたね。

 今日――というかもう昨日のことなんですけども、あなたたちは仕事を成功させたばかりだったと思うのですが。何か揉め事でも?」

「そうだったらもっとマシだったなぁ。

 単純に、俺がこれ以上あいつらについていけなくなったってだけの話だよ」

「うまくやっていたように見えましたが」

「そりゃあ仕事はうまくやってたさ。金を貰うんだから当然のことだ」

「なるほど」

「……根本的な原因は、俺の力不足だよ。

 あいつらは何も悪くない」

「だいたいのことはお互い様になっているものでは?」

「過失の割合は多少の偏りがあるもんだ」

「外から見ればその割合も異なって見えるものですよ」

「仮にそうだったとしても、あいつらが痛いと思っていない腹を探るのはやめてやってくれ」

「痛い部分は突いてよろしいので?」

「バカ言ってんじゃねえよ。痛いところに触られて気分のいいやつはいないだろうが」


 ミトラは作業の手を止めて少しだけ考えるような間を置き、溜め息をひとつ吐いた後で、、


「当事者であるあなたがそう望むのであれば、その希望が叶うように努めましょう」


 そんな言葉と共に、預かっていた登録証を差し出した。


「あんたにそう言って貰えれば安心だ」


 グレンは笑いながらそう言って登録証を受け取り、


「……夜分に面倒な作業を頼んですまなかったな。

 対応してもらえて助かったよ」


 そんな風に言葉を続けると、浅く頭を下げて一礼を送ってから窓口に背を向けようとした。


 しかし、その動きを止めるように、ミトラが言葉を続けた。


「これからどうなさるおつもりなのですか?」


 グレンはミトラの問いかけに戸惑った様子を見せたものの、吐息をひとつ挟んでから応じた。


「……とりあえず、この街からは離れようと思っているよ」

「なぜです?」

「知り合いと顔を合わせるのが気まずいんだ」

「何か目的かご予定などは」

「夜逃げしようとしてる人間にそんなもんあるわけないだろうが」

「冒険者稼業を続ける予定はおありで?」

「金が入用になれば多少の仕事はするだろうけどな」


 グレンはまだ何かを言おうとするミトラを遮るように、彼女の眼前へと掌を差し出した。


 ミトラは掌から遠ざかるように身を引いて口を閉じたが、その表情は、まだ言いたいことがあるんだと語っていた。なんなら逃がす気はないぞとも主張していた。


 グレンはそんなミトラの様子を見て、観念したかのように肩を落とし、大きな溜め息を吐いてから問いかけた。


「……なんだよ、何か依頼したいことでもあるのか?」

「さすがグレンさん。話が早くて助かります」

 

 ミトラはにんまりと笑いながらそう応じた。 


 その笑みを見て、グレンはろくなことじゃなさそうだと溜め息を追加した。


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