第3話
冒険者グレン。
彼はこの街でも知る人ぞ知る人物のひとりだった。
冒険者同士が組んで作る一党の中において、誰よりも攻撃を受けてなお倒れない、不屈の人間だと。
ただ、生き残るために必要な治療を優先すれば、後回しになるものがあった。
彼はそう呼ばれるまでの過程で多くの傷を負っていた。
治療の甲斐もあって、四肢は残り、身体を動かすことについては障害も残っていなかったが、代わりに外見は酷い有様に成り果てていた。
特に顔と喉の損傷は酷いものだった。
顔の形は多くの人間が一目見ただけで気味の悪さや同情の表情で歪んでしまうほどに崩れてしまい、喉は正しく言葉を届けるために多大な労力が必要なほどに潰れてしまっていた。
――そうなってしまったことを、彼は仕方ないと受け入れていたけれど。
彼には、彼をそうしてしまった側の人間との距離を適切に保つことは出来なかった。
●
……人間というのは本当に気難しい生き物だ。
グレンは心底からそう思っていた。
危険を冒せば傷を負う。
それは当然の帰結である。
誰かが無事なら誰かが傷を負っている。だから現状がある。
それが当たり前の現実である。
そこに善悪などない。
条件が揃い、状況が整って結果が出るだけなのだから。
しかし、人間の感情は、そんな現実を受け入れるように出来ていなかった。
……少なくとも、容易なことではない。
冒険者として受ける依頼は、常に命の危険が伴うものだ。
子どものおつかいと揶揄される内容ですら、その過程において何かしらの敵に襲われることがある。
そんな風に遭遇してしまった過酷な状況から生き残るために、誰かが殿として、あるいは盾としてその場に残らなければならないことは多かった。
……俺が受けた傷の中にだって、一緒に仕事をする仲間をかばって受けたものはある。
傷を負ってもなお生き残ること。
それは冒険者が冒険者として生きていくために必要不可欠な技能である。
……あの一党の中では、それが一番うまいのは俺だった。それだけだ。
ゆえに、グレンに負傷が集中した。
結果として、それらの負傷はグレンの外見を醜くし、身体機能に障害を残した。
……仕方のないことだと、それで済ませられればよかったのにな。
残った傷は、その傷を見る側にも影響を与えていった。
誰かが傷を負う原因となった者には、はじめの内であれば申し訳なさだけが残っただろう。
ただ、人間はよくも悪くも慣れる生き物だ。
傷を負わせることに慣れてくれば、別なところに視線が向くようになる。
傷を治すために余分にかかる治療費と手間が、余分なものに見えてくるようになる。
そうなった結果が、傷を負う誰かがうまくやっていればもっといい結果になっただろうと、そう思うだけならまだマシだった。
……このまま間に合わなければ楽になれると、そう考えるようになってはおしまいだ。
今日の仕事でも、グレンは傷を負った。それは致命傷に近いものだった。
それを治して動けるようにできるだけの腕を持っている者がいたから、こうして生きて動いている。
グレンにとってはいつものことだった。
だけど、ふと気づいてしまったのだ。
これ以上この人が壊れる様を見ていられないと、周囲の人間がそんな風に表情を歪めていた現状に。
――ああ、なんて優しい連中なんだこいつらは。
そう思った。
だから、このままこの一党に所属し続けることはできなくなった。
……そんな優しい連中を苛むバカなどいなくなったほうがいい。
グレンは心底からそう思って行動に出た。
「とは言え、これは決して美談にはならんな」
自分の行動を振り返り、そこまで考えたところで、グレンは自嘲するような笑みを浮かべながらそう呟いた。
結局のところは、自分がうまく立ち回れなくて迷惑をかけていたという事実に気がついて、逃げ出しただけというのが現実だった。
……格好などつくはずもない。
グレンはそんな結論を思って、溜め息をひとつ吐いた。
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