幸福な夢のうちに死を迎える新種の疾患、〝幸福症候群〟の蔓延する世界、変容する社会とそこに暮らす人々の物語。
群像劇です。いや群像劇!? 分量9,000文字しかないよ!? と、読み終わってひっくり返りそうになりました。一体何が起こっているんだ……? 名前ありの人物が次々に登場、それぞれが内に秘めたドラマを持っているばかりか、しっかり見せ場まで用意されている。その彼らの人生の交錯する様を通じて、描き出されるのは一本の大きなストーリー。群像劇です。それ以外の何物でもない。絶対無茶してるはずなのにこの収まりの良さは何!?
現実の現代日本を舞台に、架空の病が蔓延するという『if』を放り込んだ物語。アプローチ自体はSF的なのですが、しかしあくまで現代ドラマであるところが面白い。というか好き。いやここが本当に絶妙で、本当に惚れ惚れするバランス感覚なんですよ。主題の部分、かなり生々しく際どい題材を取り扱っているわりに、ひとつの娯楽作品として完全に独立している。
作品そのものの核である疾患、〝幸福症候群〟。この設定の向こうに読者が何を見出すか、物語を読み解く上で連想するであろう現実の何かは、きっといくつもあるものと思います。例えば社会不安や自殺の問題、加えて尊厳死や安楽死の是非に、また昨今の感染症対策にまつわるあれこれまで。ひとつでいろんなものを象徴できる設定、いや必然的にいろいろな考えを誘発してしまうそれが、でも実質そのどれからも独立していること。
現実の諸問題を想起させはしても、でもそのどれとも安易に結びつくことがない。このどこまでもフラットな中立性、仮に作者の中に何らかのイメージや想定しているモデルがあったのだとしても、しかしそれを微塵も透けさせることなく、完全に創作中のいち設定としてコントロール下に置いている。いやすごいことですよこれは……ここまで主題の部分が強く、また現実のそれに隣接していると、どうしても何かクセか手垢のようなものが滲みそうなものなのですけれど。なんでしょうかこのスマートな仕事人っぷりは……。
物語的な面での結論というか、紹介文で問われている『ハッピーエンド』、そこに対する答えも最高でした。いや実を言いますとこれ完全に騙されたというか、もっとブラックでシニカルなお話だと思ったんですよ(主に「人それぞれ」タグのせい)。それがこの結末。確かに「人それぞれ」には違いないんですけど、普通に読んだら投げやりな意味に取るじゃないですか?
実際は正反対というか、なんと「すべての答えを否定しない」という意味の「人それぞれ」。特に『5.黒坂美都』で叩きつけられた答えがもう本当に大好き。古典的かもしれないし、綺麗事と言われるかもしれないけれど、でもそこを見捨てないのがもう本当に嬉しい!
素敵でした。それぞれに抱えたものがあって、それぞれに異なる価値観でもって、それぞれの終わりを見つめる人々のお話。そのうえで、彼らの道が交わることで見えたもの。強いテーマを真正面から捉えながら、それに負けることなく描き切った見事な人間ドラマでした。余韻のある結びが好きです。