「父親」「お酒」「涙」 作・坊主

学生時代、葬儀屋でアルバイトをしている時に、葬式で故人のことを想って冥福を祈ることはとても尊い行いであるという話を聞いた。故人と親しかった人々が祈ることで迷わずに冥土に行けるそうだ。私の父は誠実で優しい人だったので、明日の父の葬式では多くの人が真心こめて祈るだろう。私は今の気分からすると感情をこめて祈ることは難しいだろうが、頑張って冥福を祈ろうと思う。

 家族が死ぬともっと悲しく涙を流すものだと思っていた。私は自分のことを十人に一人ぐらいのクズだと思っているが、それでも親族への情は人並みにあるものだと思っていた。しかし、父が事故で死んだと聞いたとき最初に思い浮かんだことは実家への仕送りを増やさなければいけないだろうなということだった。それからしばらく父親が死んだときの長男がすべき手続きをこなしながら、なぜ自分が悲しんでいないのか考えた結果自分が父をわりと嫌っていたことに気づいた。

 先ほど父が善人であったことと私が自分のことをクズだと思っていることは述べたが、その性格の違いが積み重なって父を好きになれなかったのだろう。そのせいかはともかく親孝行というものをした記憶がない。決して父のことは好きではなかったが、尊敬してなくはなかったので、親孝行代わりに遺志を継ぐというようなことをしたいと思った。そこでなにか父が言い残していたことがなかったか思い返してみると、私が成人したときのことが浮かんだ。父は私を連れて居酒屋に行き酒をおごりながら「お前も成人したんだからもし自分にもしものことがあったら家族を頼む」というようなことを言っていた気がする。初めてまともにお酒を飲んだのがその時だったので、詳しくは覚えていないが、それ以外には特に父親に頼み事をされた記憶がないのでそれを守ろうと思った。

 具体的になにをすればいいのかはわからないが、とりあえず弟妹が大学を出るまでは金をだそうと決心した。そんな風に考えていると父方の叔父から連絡があり、弔いの言葉とともに自分にできる金銭的な援助はいくらでもするというありがたい言葉を頂いた。父から生前叔父は妻子を持たず金はたくさん持っているという話を聞いていたので、その言葉に存分に甘えることにした。他に家族のためになにができるか考えたが、急に面倒になった。父は優しいので許してくれるだろう。明日の葬式では父の冥福だけでなく許してくれることも祈ろうと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

2020.09.21九州大学文藝部三題噺 九大文芸部 @kyudai-bungei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ