第15話 ターニャ=リオート

 テーブルに並べられたステーキとハンバーグは湯気を立て、表面からは肉汁が染み出しており、とてつもなく旨そうだった。しかし今は、この目の前の料理たちを楽しむことはできない。

 それはなぜか、今ここは殺気に満ちているからである。


「あら、おチビさんこんにちは。私はランク隊長の妻、ターニャ=リオートよ」


「つ、妻!? それにチビじゃないです! 私はランクさんの仲間のリリィ=スカーレッドです!」


 二人はずいぶんと気合の入った自己紹介を交わすと、そのまま睨み合う。


「お、おいランク、お前ちゃんとこれ収められるんだろうな?」


「任せとけ」


 ガイズへと啖呵を切り、俺は立ち上がる。

 収められるか、無論答えはイエス。俺にかかれば二人とも仲良しだ。


「なあ二人とも、一緒に飯を…」


「隊長は…」


「ランクさんは…」


「「少し黙って!!」」


 二人は声を合わせてそう言うと、立ち上がった俺を押し除ける。あら、二人とも仲良いですね。結果オーライ!


「ま、まあ落ち着けって二人とも! ターニャ、せっかくの再会でもあるんだ。ここはな?」


「はぁ…しょうがないわね。この一年間のこととか、このおチビさんのこととか、全部教えてよ隊長!」


 ターニャはようやく落ち着いたのか、席へと座った。これでようやく話ができる。

 俺はターニャにはリリィと出会った経緯や王都に戻ってきた理由、そしてリリィにもターニャが軍にいた時代の元部下であるということを簡潔に説明した。


「てこと訳だ。二人とも分かったか?」


「元部下ですか…」


「なるほど、なるほど…」


 リリィとターニャは理解してくれたようで、うんうんと頷きながらそう言った。良かった良かった。

 すると、ターニャがいきなり手を上げて口を開く。


「じゃあ、私も隊長と一緒に行く!」


「は!?」


「え!?」


 ターニャの言葉に俺とリリィは声を出して驚く。


「いやいやいや、何言っちゃってんの!? ターニャは軍人、俺はフリー、分かってる? 俺と来るってことは軍人を辞めるってことだぞ!?」


「もちろん分かっているわ! 最近ね、隊長の居ない軍に飽き飽きしてたのよ。淡々と任務をこなすって言うのもつまらないしね〜」


 こいつには責任とか誇りとかプライドとかはないのか。

 とりあえずチョップでもしとこう。


「あだっ! 痛いよ隊長…」


「すまんすまん、つい手がな?」


「うぅ、愛する妻に酷いよ〜」


 ターニャは頭を押さえながらそう言った。

 すると、隣から何やら視線を感じる。あれれ、リリィさんなんでまた怒ってるの?


「おほん! じゃれつくのはそこまでにしてください!」


「ふーん、おチビさんやきもち?」


「ち、違います!」


 なんだかまた喧嘩が始まりそうだ。そうなる前に話題を戻すか。


「で、ターニャは本当に軍を辞めて俺のところに来るのか?」


「もちろん!」


「で、ちなみに聞くけど軍を辞めるとどうなるか分かるの?」


 俺の質問に対し、ターニャは深く考え込む。まぁ、考える時間は必要だな。

 そしてそれから二分ほどが経過して、ようやくターニャは口を開く。


「分からないわ!」


「だと思った! 何を考え込んでるのかと思ったら何も考えてなかったのね!?」


「まぁね!」


 ターニャは自慢げにそう言った。

 全然自慢できないし、やっぱり何にも分かってなかったのか。


「あのな、軍を辞めるってことは魔法王を裏切ることになるんだ。特段罰せられるとかはないが、確実に軍の仲間からは後ろ指を刺されるぞ? 俺も経験したから言っておくが、結構辛いぞ」


「あー、そんなこと。大丈夫よ、だって私には隊長がいるからね! 軍のどうでも良い人たちから嫌われるよりも、私は隊長と居られない方が辛い!」


「へ?」


 ターニャからの意外すぎる返答に俺はつい呆気に取られてしまう。

 てかなんだろ、軍にいた頃はターニャからの言葉なんて全く意に介していなかったが、なんかこう改めて面と向かって言われるとめっちゃ恥ずかしいな。顔あっつい。


「そ、そうか…ちなみにリリィはどう思う? あれ、リリィさん?」


 隣を見ると、リリィは頬を膨らませてそっぽを向いていた。


「知りませんよ、ランクさんとターニャさんの好きにすれば良いんじゃないですかー?」


「じゃあ決まりね!」


 リリィの言葉に反応し、ターニャはそう言って俺の腕へと抱きついてくる。


「また一緒だね! 隊長!」


 ふむ、ターニャはこうなったら、自分の意見は絶対に曲げない。幸いリリィも拒絶しているわけではないし、仲間が増えるのは戦力強化にもつながるから悪い話ではないか。


「分かった、じゃあターニャもついてくると良い」


「やったー!」


 これで俺を含めて計三人、ターニャの実力は軍でも一、二を争うほどだ。これはかなり心強くなった。魔族に対しても、なんとか対抗していけそうだ。

 にしても仲間か、そう言えばあいつは今何をしているのだろうか。


「そういやターニャ、シリウスって今何してんだ?」


「あー、あいつ? あいつならまだ軍人はやっているけど、今は城で近衛兵をやっているわよ。そういえばこの前、風の噂だけど『魔闘大会』に出場するって聞いたわよ」


 魔闘大会か、そういえばそんなものもあったな。興味がなかったから何にも知らないが。


「そういえば今年は、優勝賞金が一千万ゴルドだったかしらね。だから過去最多人数が出場するって聞いたけど」


「「い、い、一千万ゴルド!?」」


「ど、どーしたのよ二人とも、そんなに驚いて!」


 そりゃあ驚く。その話は今の俺たちにとっては非常に美味しい話だ。


「ターニャさん実はですね、私たちは今、五千ゴルドしか持っていないんです」


「五千…え!? 五千ゴルドしかないの!?」


 リリィの言葉に、ターニャは声を荒げて驚いてた。まあ、これから旅をしようってやつらの所持金が五千ゴルドぽっちならそりゃあ驚くよな。


「ランクさん!」


「ああ、出場して優勝するか! 魔闘大会!」

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