第10話 エピローグ〜仲直り〜

 カリオット襲来から早くも一週間が経った。

 あのような事件があったのにも関わらず俺の日常に大きな変化はなく、いつも通りだった。いや、いつも通りではないこともあったか。

 街では今もなお復興作業が続いており、俺は時折り復興の手伝いをしていた。そしてもう一つ、あの事件以来リリィが俺と会話をしないどころか、目すら合わせてくれない。


「おいリリィ、今日は一緒に街にでも行こうぜ。リリーシャのやつが今日も復興作業を手伝ってこいってうるさいんだよ」


 俺はリリィの部屋の扉をノックしながらそう言葉をかける。しかしそこから帰ってくる声はなく、自分のノックする音だけが周囲に響き渡った。

 うん、一週間もずっとこれはさすがに寂しい。


「やっぱあれか、あの時置いてったから…だからいつまでも怒ってるのか?」


「そうです…」


 扉の向こうから微かにではあったが、リリィの声を聞き取る。


「そうか…だがあれはしょうがなかったんだよ。俺はお前を…」


「戦いに巻き込みたくなかったのでしょう? 分かっていますよ、いつも優しいランクさんのことなので」


 俺の言葉を遮るように、リリィの少し不満そうな声が聞こえた。


「なぁリリィ、あの日お前を置いてった詫びだ。お前の望むことをしてやる。それでどうだ?」


 そう言って、俺はリリィに問いかけた。

 これで機嫌が治るかは不明だが、何もしないよりはまだ良いだろう。さて、リリィはどう返答してくるのだろうか。


「じゃあ…事件の時何があったのか、それを私に全て教えてください」


「へ?」


 まさかの返答に変な声が出てしまう。


「そ、そんなことで良いのか?」


「ええ、それで構いません」


 リリィの言葉を受け、俺はあの日何があったのかを事細かに説明した。街は地獄のようであったこと、カリオットという魔族のこと、そして俺がそいつと戦ったこと。それらを嘘偽りなく話した。


「そんなことが街で起きていたんですね…」


「ああ、人族と魔族間の戦争は『休戦条約』により戦争は休戦中だから黙っていたが、今は完全な戦時中なんだ。しかも、この戦争は三百年以上は続いている」


「三百年以上も…!?」


 記憶がないからこそ知らないでいて欲しかった。そんな仲間であるからこそ、人族の暗い部分を見ないで欲しかった。休戦という今の環境は好都合だったのだが、やはり上手くはいかないようだ。

 だがここまで知ったなら、中途半端をリリィは許さないだろう。ならば、この世界で起きている戦争について詳しく話す他はない。


「ああ、そしてこの戦争の始まりはこの世界の神話にある。遥か昔の神話の時代、この世界には覇王、神王、竜王、鬼王、獣王、魔王という六人の王が存在していて、六つに国として別れていたという。そしてこの六人は世界の王となるべく争いあった。これを『六王大戦』と呼び、全てが始まった聖戦と言われている」


 壁にもたれかかり、俺は言葉を続ける。


「その戦争は後に一人の人族の活躍により終結するのだが、その人物を人々は英雄王と呼んでいるんだ。彼は世界を統一し、争いの無い楽園を作り上げた。だかしかし、それは永遠には続かず、英雄王が亡くなった後、新たな対戦が勃発し、統一された世界は二つに分断された。そのうちの一つがこの世界ってわけだ」


「もしかしてその対戦の名残が今もなお続いていて、人族と魔族は争っているのですか!?」


「馬鹿みたいな話だが、まあそういうことだ」


 リリィへとそう言葉を返した。

 だが、馬鹿なのは俺も同じだ。なにせ、一年前まではその戦争に参加していたのだからな。


「でもなぜ、人族と魔族は助け合えなかったのでしょうか、同じ命のはずなのに…」


「殺しあう、それが普通だからだ。俺だって事件の日、二人の魔族の命を奪った」


 リリィに対し、淡々とそう口にする。

 だがその瞬間、扉が開きリリィが俺に抱きついてきた。そして、その目には涙が浮かんでいた。


「自分を責めないでください! あの日、もしあなたが魔族を殺さなければ、おそらく街の人たちは全員死んでいました…あなたは正しいことをしたんです。決して、私利私欲のために命を奪う人たちとは違います!」


「だ、だが…殺したことに変わりは…」


 そう言いかけた時、頬に少しだけ痛みを感じた。どうやらリリィに叩かれたらしい。


「なら、私にもその罪を肩代わりさせてください…だって私たちは仲間でしょう!?」


 仲間か、そう言えばそうだった。リリィが怒っていたのは、本当はそういうことだったのか。


「すまなかった…仲間なのにお前に何にも言わないで、全部抱え込んで、リリィに嫌な思いをさせしまった。本当に申し訳ない!」


「いえ、分かってくれたなら良いのです…!」


 俺の謝罪に、リリィは笑顔でそう言った。

 すると、なにやらリリィはもじもじしていた。


「リリィどうした? トイレか?」


「ち、違います! そ、その…仲直りしたら言おうと思ってたお願いがありまして…」


 リリィは少し申し訳なさそうにそう言った。

 なるほど、もじもじしてたのは言いづらかったからか。だが仲間の頼みを断る理由はない。なんでも聞こうじゃないか。


「それで、お願いってのは何なんだ?」


「そ、その…私に魔法を教えて欲しいのです! もしまた何かあった時、足手纏いになるのは嫌なので!」


 リリィが俺にそう言ったと同時に、階段の方からなにやらドタドタと上がってくる音が聞こえてくる。そこから現れたのはリリーシャで、何やら焦っていた。


「大変なことになった。ランク、これを見てくれ」


 リリーシャから新聞を手渡される。一体なんだというのだろう。

 そしてそれを開くと、見出しの部分に気になる文言を見つける。


「なっ…! 『休戦条約の撤廃』だと!?」


「ああ、どうやら戦争がまた始まるらしい。一週間前のあれは、おそらくこれを見越しての魔族側の動きだったのだろうな」


 撤廃になるということは、戦争がまた再開されるということだ。あの、悲しみしか生まれない忌まわしき戦争が。


「リリィ、俺は街の人たちのような被害者をこれ以上出したくない。戦争を終わらせるために俺は戦おうと思う。だからその…一緒に戦ってくれるか?」


 俺のその言葉にリリィは「はい!」と頷いてくれた。本当に心強い仲間だ。


「じゃあ明日からは魔法の修行だな。俺は厳しいぞ?」


「はい! 頑張ります!」


 どうやら俺のニート生活は、しばらくお預けのようだ。

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