第9話 最強vs最凶

 これから使う力は、一年前軍を辞めたときに封印した力。そしてその力は、届かぬ夢だと思われていた最強という高みへとこの俺を昇華させる力。

 魔力を集中させ、俺は目を閉じる。


「この身に宿るは不滅の炎、この身を焦がすは灼熱の炎…」


「これはこれは…!」


「二つの炎は幻想ではなく、紛れもない真実。ならば問おう、お前自身は何者なのかと。そして答えよう、俺は炎にその身を売った愚者であると…!」


 目を瞑って淡々と並べたその言葉の数々は意味を持ち、それと共に俺の体は燃えるような熱を感じていた。皮膚が焼ける感覚、肉が焦げた匂い、全てがあの日を思い出させる。

 だが、それは今において関係がない。今やるべきことはただ一つ、目の前の魔族をこの街から退けるということのみ。


 ーー能力発動…『炎をフール・纏いしウェアリング・ア愚者・フレイム』!


 その瞬間俺の体は大きな炎に包まれ、その炎は拳へと流れるように集まる。


「ビックリしたか? カリオット」


「ええ、ビックリしましたとも! それは紛れもなく能力発動魔法における詠唱そのもの。しかも、今のあなたの魔力量は先程までの比ではないときました! これは存外楽しめそうです」


「そりゃどうも。だがな、楽しむ暇があると良いな」


「は…!? グヘァ!」


 頭上からのかかと落としがカリオットにヒットする。今回は完璧だ。

 地面へと叩きつけられたカリオットは、完全に呆気に取られていた。


「今何が…?」


「さすがのお前にも、認識の外からの攻撃なら当たるってことか」


「私に攻撃が…?」


 俺の言葉に対し、カリオットは動揺したそぶりを見せていた。

 ここから揺さぶることも可能だが、最上位魔族相手にそういった小細工は、効果としておそらく薄いだろう。だからここはあえて正直に言う、そして見極める。


「蹴りが止まった謎、あれは未だに分からないが、一つだけ分かったことがあった。あの時、タイミングが妙に合っていたんだよ」


 当たる直前で停止した俺の蹴り、あの瞬間は見落としていたが、違和感は感じていた。そしてその違和感の正体こそが、妙に合ったタイミングなのだ。


「俺はあの時、火炎球でお前の視線をずらしていた。本来なら確実に蹴りは当たるはずだったんだ。だが、お前が俺の蹴りに気づいたとに、足は動かなくなった。そこで思ったんだよ、認識する前に当てた場合はどうなるのかって」


「そういうことでしたか…素晴らしいです。ですが、なぜあなたはそこまでの高速移動を?」


 カリオットの反応を見る限り、先ほど俺が語った予想は大方当たりのようだった。

 しかし、やはり疑問に思うか。さっきとはまるで違う俺のに。


「それは、今に分かる」


 俺は手のひらから炎を噴射させ、その勢いで一気にカリオットへと近づく。そして、そこから突きで顔へ一発、腹へ二発とほぼ同時に打ち込む。


「認識外からの攻撃の他にも、速すぎて視認できねぇ攻撃も当たるみたいだな」


 俺はそのまま、蹴りでカリオットを建物の壁へと吹き飛ばした。


「まだまだいくぞ!」


「止まりなさい!」


 俺が攻撃のため近づこうとした瞬間、カリオットはそう叫ぶ。そして、それと同時に身体の自由が全く効かなくなり、一歩も動けなくなる。

 するとカリオットは、俺に対し拍手をしながら近づいてきた。


「クフフフ、素晴らしいですね! その高速の攻撃、そして手に灯したユラユラと揺れる炎、さらにはランク=アインメルトという名前…そういうことでしたか。会ったことがなかったため今まで気づきませんでしたが、まさかあなたがあの『最強の軍人』だとは…」


「その呼び方はやめろ、まず俺はもう軍人じゃねぇ!」


「何を仰いますか、我が同朋のジオもあなたのことは嬉々として話していましたよ? 面白い人族を見つけたとね」


 カリオットは少し笑みを浮かべながらそう話す。

 ジオという名前、たしか四年前に戦った最上位魔族だったか。現役時代なら敵にまで名が広まるのは嬉しいことだったが、軍人を辞めた今となっては面倒くさいこと極まりないな。

 さて、そんなどうでも良いことは置いておいて、今はこの現状の打破が先決か。


「どうするカリオット、このまま俺を殺すか? 忠告しておくが俺はタダじゃあ死なないし、お前も余裕ぶってはいるが、案外ダメージはあるはずだ」


 俺はそう言って、自力で体を動かして見せる。


「クフフフ、私の拘束から力だけで逃れようとするとはなんとも面白い。では、辞めておきましょうかね。紅の魔女を見つけることはできませんでしたが、あなたに会えただけでも魔王様には良い手土産となりました。それに、あなたもその方が好都合でしょうし」


 カリオットの最後の一言、それはまさしくその通りだった。力づくで動いてはみたものの、思った以上に体力を使うし、それ以前にカリオットから受けたダメージがなかなかに効いてきている。


「そうだな、その方が俺も楽で良い」


「ではまた、にお会いしましょう。次にあなたと戦える日を楽しみにしております」


 その言葉とともにカリオットは、黒いもやのようなものに包まれその場から消えてしまった。そして俺の身体の拘束は、徐々にではあったが解けていき、自由に動けるようになった。

 てか近いうちにとか言っていたが、もう会いたくねぇよ。


「さて能力解除っと…はー、さすがに一年ぶりの戦闘はダメだなぁ。身体中がガタガタだ。こりゃあ一週間ニートコースかな」


 事後処理は軍人である駐屯兵に任せることにし、俺は一足先に街を後にした。

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