第8話 隠された力

「クフフフ、逃げてるだけでは勝てませんよ? さあ、早くやる気を出してください!」


「あークソ! これだから戦うのは嫌なんだ!」


 魔力節約のため、上位魔族からの魔法攻撃を外壁でなんとか防いではいるものの、かなり苦しい。もとより人族と魔族では魔力の内包量に違いがあり、おそらくこの世界で魔法王という例外を除けば、単純な魔法戦闘においては魔族に分があるだろう。

 にしても、いくら上位魔族と言っても魔力がありすぎだ。かれこれ30発以上は対人魔法を撃ってやがる。


「おいお前…本当に上位魔族か? 保有量が上位魔族のそれじゃねぇ。隠しているみたいだが、そんだけ対人魔法を連発してりゃあバレバレだアホ」


「なるほど…やはりただの人族ではありませんでしたか。せっかく『偽装の指輪リングオブライ』で隠していたと言うのに、バレてしまうとはなかなか驚きです…」


 そう言うと上位魔族、いやそれ以上の力を持つその魔族は、人差し指につけた銀色の指輪をゆっくりと抜いた。抜くと同時に、先程までの黒い翼と二本角を生やした一般的な上位魔族の姿から一変し、骨格が変わって威厳を持ったような容姿となり、角は三本目が生えていた。

 その瞬間、あたりの空気が一気に重くなる。この感覚を俺は知っていた。4年前に一度だけ対峙したことがあるだけだが、間違いなくあの時のそれと同じものだ。そしてあの特徴も知っている。


「その三本角…最上位魔族か」


「ええ…私は四大魔族が一角、カリオット=ゴーン。あなたの予想通り、最上位魔族です」


 これはなんというか、俺は随分悪運が強いようだ。

 最上位魔族とは魔王直属の護衛であり、4人しかいないと言われている。さらに彼ら魔族は、角の本数により生まれつき保有魔力量が決定しており、無角は下位、一本角は中位、二本角は上位、そして三本角は最上位とランク分けされている。先程までの無尽蔵とも言える魔力にも納得だ。

 だが、ちょっと待てよ。なぜ、カリオットはわざわざこんな辺境の街を襲ったんだ。最上位魔族が強襲を仕掛けるなら、魔法王のいる王都が適任だ。こんな下級魔族がやるような仕事をわざわざするとは考えにくい。何か裏があるのか?


「カリオット、お前はなんでこの街を襲った?」


「まあ、やはり疑問は持ちますよね。これから死にゆくあなたへの手向けとしてお教えすると、私の狙いはただ一つ、『くれないの魔女』です」


「なるほどな、合点がいった。それをわざわざ嗅ぎつけてきたってわけか」


 紅の魔女。それは確か、昔リリーシャが冒険者をしていた時代の通り名だったはずだ。ということは魔王軍への勧誘、もしくは魔法王への助力を危惧しての暗殺と言ったところか。ただ、どちらにせよ阻止する他はない。


「しかし、嬉しいことがあって良かったです」


「は?」


 こいつは急に何を言ってんだ。


「だって、あなたのようなおまけがこの街にいたとは思わなかったですからね! 軍人ではないようですが、実力はかなりのものとお見受けいたします。是非とも、私を楽しませていただきたい!」


「そりゃ、過大評価だ。俺はただのニートだって言ってんだろ! 〈火炎球ファイアボール〉!」


 様子見も兼ねて、手から炎の球をカリオット目掛けて放つ。

 カリオットは気づいてないようだが、俺が逃げ回っていたのは、なにも魔力の節約がしたかったという理由だけではない。戦い易いように、絶対に住人のいない場所へと移動したかったという理由もある。そしてここは、人の気配は一切ない。さて、ここからは反撃させてもらうぞ。

 しかしカリオットは、放たれた対人魔法に対しなぜか笑っていた。


「クフフ、対人魔法ですか。ですが、少々威力が足りませんねぇ…」


 カリオットはそう言うと、放った火炎球を素手で相殺する。しかもそこから魔力は感じ取れなかった。やろう、完全にめてやがる。


「だが、あんまり嘗めるのはオススメしないぜ?」


 今の対人魔法は様子見であり、次の攻撃へ繋げるためのもの。本当の狙いはこっちだ。

 カリオットの頭をめがけ、俺は蹴りを放つ。もちろんただの蹴りではない。魔力を足へと流し、硬化させている。

 しかし、その蹴りはなぜか頭へと当たる寸前で止まってしまう。無論、意図的に止めたとかではない。止まってしまったのだ。


「ほう、足に魔力を…これは人族の軍人のみが扱えるという『魔力闘法』ですね。やはりあなたは面白い!」


 するとカリオットは、おもむろに停止した足をぐっと掴む。そして、そのまま地面に向かって投げられた。


「いってぇな、おい。ニート相手なんだからもっと優しく投げろアホ」


「クフフフ、生憎私はどんな相手にも全力を尽くす主義でしてね」


 ぶっちゃけかなり危なかった。地面に当たる寸前で、魔力を全身に流して硬化したから無事だったものの、生身なら即死だった。さすがは最上位魔族といったところか。


「おいカリオット! お前今どんな手品使いやがった? さっきの蹴り、結構自信あったんだけどなぁ」


「教えませんよ? さて、時間稼ぎでもしようと思ったのかもしれませんが、そうはいきません。先ほども言ったとおり、私は何事にも全力を尽くす主義なのでね」


「ははは、やっぱそうだよな…」


 当たり前だが小細工は通用しないか。さっきの不可思議な現象がなんだったのかを探りたかったんだが、さすがに無理だな。

 ならばもう、を使う他ないということか。正直、正体バレちゃいそうだし嫌なんだよなぁ。

 だが、つべこべ言っていられる状況でないのは確かだ。


「おいカリオット、もう遊びは終わりだ」


「ほう…それは、期待しても良いということですかね?」


 期待ね。あんまり好きな言葉ではないが、まあ良い。存分に期待してもらおうじゃないか。


「ああ、期待しとけクソやろう。今からビックリさせてやるからよ!」

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