第5話 仲間

 街から戻った俺は、椅子に座りリリィと向き合った。そして、リリィが疑問に思っていることを伝えるために口を開く。


「俺は一年前まで、魔法王直属の軍にいた。街で会ったやつらとは管轄違いだが、まあ同じ軍だ」


「さっきの人たちと同じ軍…ですか。なんだか想像できませんね」


「まあ、あいつらは駐屯兵だからあんなんだが、第一線で活躍する戦闘兵や衛生兵はもうちょいマシだ。それでここからが本題だ…」


 本題、それは今後もこの家に住み、街に行くならば知っておかなければならないことであり、この腐敗した世界においては重要なこと。特に、記憶のないリリィにとっては必要不可欠なことだ。


「俺は…一年前のとある日を境に、自分からも戦場からも逃げだし、軍を辞めた。そしてあるのが今のニート生活だ」


「もしかして、あの人たちがランクさんにあんな悪口を言っていたのは…」


「ああ、俺が戦いから逃げた臆病者だからだ」


 そう、これはこの世界における臆病者に待ち受けた運命。いくら過去に実績を残してようとも、名声を得てようとも、戦場という舞台から逃げ出せばこの世界ではクズ同然であり、周囲からの評価は地に落ちる。


「軍人は戦地で死ぬのが誉れ…誰の言葉かは知らんが、この世界の人間はなぜかこの言葉を盲信している。だから悪口陰口はしょうがないことなんだ。幻滅したろ? 明日からは街に行くなら一人が良い。それならお前にまで迷惑は…」


「嫌です…!!」


 迷惑はかけないと言いかけた瞬間、リリィは大きな声を出しその言葉を遮る。そしてよく見ると、リリィは少しだけ笑っていた。


「私はランクさんと会ってまだ日は短いですが、あなたの優しさは知っています。見ず知らずの私を助け、ご飯に誘ってくれた。今日だって助けてくれた。私を守るために過去を話してくれた。幻滅なんてしません…むしろ見直したくらいです!」


「は…?」


 こいつは何を言って…。


「戦場から逃げ出したのはきっと、ランクさんが臆病だからではなく、とても優しい人だからです。そんな人を嫌いになるわけがないですよ!」


「だがな…もしかしたら今日みたいに怖い思いを…!」


「そうなったらランクさんがまた私を守ってくれる…そう信じているので問題ないです!」


 リリィは満面の笑みで、俺の心配を他所にそう答える。それを見て俺は、少しだけ目頭が熱くなったのを感じた。

 するとこのやりとりを見ていたのか、リリーシャが少しニヤつきながら二階から降りてきた。一番見られたくないやつに見られてしまった気がする。


「ランク、君がそんな顔をするなんて珍しいじゃないか。一年ぶりぐらいかい?」


「う、うるせえ! 別に泣いてるわけじゃねぇし! 目にゴミ入っただけだし!」


「ふふ、私は泣いてるなんて言ってないぞ?」


 リリーシャはニヤつきながら言葉をそう返してきた。本当にうざいな、このババア。


「だがまあリリィ、私は君をこの家に受け入れて正解だったと確信できたよ。ランクは私にしか心を許さなかったし、その優しさゆえに、街の人間からの罵声を黙って受け入れていた。しかし今はどうだろう。ランクは君のために軍の人間に楯突いたり、私以外の人間である君に心を許した。これは、大きな進展と言っても過言ではないと、私は思っている」


 リリーシャはリリィの頭を撫でながら、淡々とそう言葉を続けた。

 ちょっと待てよ、軍の人間に楯突いたり…?


「おいこら、お前まさか…!?」


「ああ、バッチリ見させてもらったよ? 『ここは俺の顔を立てて帰ってくれよ』だっけか。めちゃくちゃかっこいいね! 痺れるぅ!」


 そういうとリリーシャは、生き生きした表情で煽り倒してきた。しかもめっちゃツンツンしてくる。うざい、くすぐったい、うるさい。


「てかリリィを受け入れたのも、今日街に買い物行かされたのも、全部お前の作戦通りってわけか…」


「はて、どうだかね?」


 俺の言葉にリリーシャは、誤魔化すようにそう答えた。本当に食えないババアだ。


「まあお前の作戦だろうがなんだろうが、もうどうでも良い。おいリリィ!」


「は、はい…!」


「俺の…俺の仲間になってはくれないか?」


 そう言葉にした瞬間、少し恥ずかしくなる。というか、仲間とかいう言葉自体使うのは久しぶりだ。断られたらどうしょう。あ、死にたい。

 しかしそんな心配も束の間、リリィは俺の手を取り笑顔を見せた。


「はい! よろしくお願いします!」


 こうしてこの日、俺には新たな仲間ができた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る