街についたら当然楽しみは食事です

街についたら当然楽しみは食事です<Ⅰ>

 まずは壁の向こう側に行くつもりだったが空腹すぎるので直ぐ近くの市場に行くことにした。

 さすがにセレーネはこの辺りに詳しく、そこには本日限定の料理というものをいたくお気に入りとのこと。


「……え、売り切れたのですか」


「大変申し訳ありません……聖女様が戻っていらしたのを知っていれば残して置いたのですが」


 40代くらいの店主のおばさんが申し訳なさそうにしている。

 この辺りは地元と呼べるらしくフードを被っていてもバレバレらしく、市場に入るとセレーネは素顔を晒していた。


「聖女様、わたしのでしたら譲りましょうか」


 近くで見ていた客が、セレーネに譲ろうとしてきたがこういうのは早い者勝ちですからと遠慮した。


「まあまあ、他に食べるものは沢山あるみたいだし、他におすすめとかはある?」


「はい。もちろんです」


 セレーネが連れてきてくれた店は、中に人が座れるような広さはなく往来に堂々と机や椅子を並べて営業していた。

 そこでシチューのようなスープに肉料理にパンを買った。


 シチューはドガ砦や道中で食べていたものと違い、とても具が多く入っており味付けも良いものだった。

 パンにしてもスープに付けないとふやけないようなものではなく普通に食べられるほどで肉料理にも期待してしまう。


 ちなみにお金はセレーネが全て払っている。

 守銭奴な彼女だが食事には出し惜しみはしないらしい。


 なるほどだからよく育っているのか。


 アティウラだけは追加で串に刺さった肉を頼んでいた。ぱっと見は焼き鳥みたいだが全然違う。なによりサイズが全く違う。これだけで1kgはあるんじゃないかってほどの大きさだ。


「それではいただきましょう」


「いただきます!」


 早速取り分けてくれるセレーネ。


「ねえねえ、君って冒険者? 俺も冒険者なんだけど、よかったらパーティ組んでみない。ちょうど回復役が居なくてさ」


「わたくしには既に共に行動する仲間がおりますので間に合っております」


 どうやら直ぐ近くで冒険者らしき男がナンパまがいの勧誘をしているようだった。


「そんなしょっぱい仲間よりも俺の方が良いって、これから俺様は伝説の存在になるんだからさ」


 は? 何を言ってんだコイツと気になって思わずチラ見してしまう。


 軽く180を超える体格の背中に長剣を下げ鉄製と思われる鎧を着た戦士風の男が、セレーネのような神官服を着た女性に声を掛けていた。


「でしたら、わたくしでは力不足だと思いますので他を当たってください」


 女性神官にまるで相手にされていない俺様男。


「いやいや大丈夫。俺様の実力なら君も護ってあげられるからさ」


 まじか……実力がどれほどかは分からないが、言動は典型的な軽い男だった。


 無視を決め込み、そのまま立ち去ろうとする神官らしき女性に俺様男は、その手を取って脚を止めさせる。


「……お止めくださいっ!」


 明確な拒絶。これが現代社会ならセクハラで訴えられるレベルだ。


「おい、貴様それ以上余計なことをするのだったら黙っておらんぞ」


 そこへ颯爽と現れる正義の使者。と思ったら妙に背の低いひげもじゃのおっさんだった。


「うっさいな。俺はこの可愛い娘に話をしているんだ。おっさんは黙ってろよ」


 野太い腕に大きなお腹。背中には巨大な戦斧ってあれはもしかしてドワーフ!?


「勇者様、はいどうぞ」


「あ、うん。ありがとう」


 向こうも気にはなるがセレーネが料理を取り分けてくれると腹の虫が騒ぎすぎてそれどころではなくなり、早速食べ始めることにした。


 いや、ちょっと待て、この流れって……いやな予感しかしない。


「女神よ、大地の恵みに感謝させていただきます……」


 セレーネは食事のお祈りをしている。

 デルとアティウラはそれが終わるまでとりあえず待っている。


「ねえねえ、ちょっとだけ、ほんと一回だけで良いからさぁ」


 お前それ、なんか別の意味にしか聞こえないんだけど。


「嫌がっておるじゃろう」


「んだと、おっさん。あんまり怒らさない方が良いぞ。もし俺様が一度剣を抜いたらただじゃ済まないからな!」


「ああ、分かった分かった」


 うん、この後の流れが見えたね。

 俺は自分の分のパンと取り分けた皿を手に持ってくるりと退避する。


「ちっ……このっ!」


 思った通りの展開だった。微動だにしないドワーフのおじさんにしびれを切らした俺様男が腰の剣に手を掛けた瞬間。


「ふんっ!!」


「えっ、うわっ!?」


 見た目とは裏腹にその野太い腕がもの凄い速さで野郎を掴み上げると、そのままの勢いで投げ飛ばした。もちろん飛んだ先は俺が予想したとおりの場所だった。

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