森の中には危険がいっぱい

森の中には危険がいっぱい

 調理器具や着替えなどを俺が預かったことで大分軽装になったアティウラと共に森の中に入ると、サーチで危険生物を探しつつ極力回避するように進んでいく。

 本当は川を伝って上流に向かうのが手っ取り早いのだが、水場付近は危険生物と出会う確率が高いため少し離れたところを歩いていた。


 セレーネとデルの方も朝から俺と合流すべくこちらに向かっている。


「順調にいけば、夕方前には合流が出来そうだ」


「この“念話”は凄い……迷うことなく合流出来そう」


 本来なら深い森の中で離ればなれになってしまったら、再度合流するなんて絶望的な話だが、念話とサーチのおかげでいとも簡単に出来てしまう。

 俺には攻撃系は全くないが、こういう部分だけは本当に優れた能力だと思う。


 いやサーチ系はあくまでも指輪のおかげだけど。


「その鞄も、おかげで移動が楽になったもの」


 二人とも軽装なので予定よりも移動距離が伸びており、特に魔物の森に入ってからはそれが顕著だった。


 アティウラが重装なだけではと思ったが、ソロ行動だとどうしても荷物が増えるのは仕方がないのかもしれない。


【!!!警告!!!】


「なに!?」


 森の中を歩いていると大きく赤い文字が浮かびあがり警告音が鳴り響いた。

 すぐさまレーダー画面を表示させると、赤い点が近づいてくるのが分かった。


「不味いな……なんか気付かれたっぽい」


 俺がそう言うと、アティウラはポールウェポンの刃に着いてた革製の保護を外す。


 相手の詳細が入ってくる。どうやらあのトロルがいる一団がこちらに向かってきている。


「本当に凄い嗅覚だな。それともにこっちの臭いが分かりやすいのか?」


「私が臭うってこと?」


「さすがにそれはないでしょ、だってアティウラは良い匂いがしてたし」


「あら嬉しい。主様も良い匂いがするよ」


 一団は通常の徒歩速度だが、そこから離れて一体だけ異様な速度でこちらに向かってくる。


「どうすればいい?」


「ここまで来たら戻ることは出来ないし、とにかく進んで早く合流したい」


「合流すればどうにかなるの?」


「ある程度は」


「……分かった」


 ついでに二人にも連絡を……今はデルの方がいいか。


【念話:デル】


『どうしたの?』


(どうやらトロルに追いかけられているらしい、悪いんだがそっちも急いでくれ)


『分かった! あんまり無理をしないで』


(なるべくそうする)


【念話:終了】


「よし進もう」


 アティウラは黙ってクビを縦の振ると俺の前に出て森の奥へと進む。


 サーチで周囲を見ているとトロルが近くに来ているせいか危険な生物が離れていくのが分かった。さすが野生の生物は感がいいらしい。


「主様……こんなところだけど」


「え、まじっ、こんなところを登るのか……」


 サーチに気を取られている間、ほぼ崖と呼べるような斜面にぶつかったのだった。

 高さは10m以上で登るのは大変そうだが迂回するような時間的余裕はない。


「先に登るから付いてきて」


 アティウラは武器を持ちながらさっさと登っていく。荷物を預かっておいてよかったな。彼女に習って後ろに付いていくが、やはりどうしても置いていかれてしまう。

 あっという間に登りきったアティウラが俺に捕まるようにとポールウェポンの柄の部分を伸ばしてきた。


「ほら、あと少し」


 柄を掴んでやっとの思いで崖を登ったところで、こちら迫ってくる物凄い足音と声が聞こえる。


『エサー! エサー!』


 自動翻訳で餌を連呼しながらこちらへ突進してくるのは、サーチの情報を見る限り昨日出会ったあのトロルだろう。


 どごーんっ!!


「え……、うわぁ……」


 トロルは勢い余って崖のような斜面に激しい音を立ててぶつかって転がった。

 直ぐさま顔を上げてクルクルと周りを見渡し上を向くと、こちらに気付いてニヤリと笑う。


 やはり昨日仕留め損なったトロルだった。ぶつかったダメージは全くないらしく、そのまま急斜面をあり得ない速さで登ってきた。


「まじか、ホント嘘くさい生物だな」


「仕方ない……」


 アティウラは俺を後ろに下がらせるとポールウェポンを携えて待ち構える。

 相手は元々背が高いからか、あっという間に登りきりそのままの勢いでこちらに飛び込むように襲いかかってきた。


 アティウラは指輪の盾をすぐさま展開するとそれで受け止める。


「“エキスパートディフェンス”!」


 がいぃぃぃん!!


 前にも使った防御スキルを使い、固い金属のような音を立てた透明な盾はトロルの攻撃を完全に受け止めたのだった。


「ぎゃうあ!?」


「この盾……なかなかね」


 目に見えない壁に阻まれたトロルは驚きの声を上げ、前回攻撃を受け止めきれず吹っ飛ばされたアティウラは逆に感心した声を漏らした。


「確か……ここ!」


 ずぶっ!!


 受け止めたと同時に今度は攻撃に転じて直ぐさまトロルの胸とお腹の間辺りを思い切り突き刺した。


「うぎゃっ!!」


 相手の弱点への完璧な攻撃で、突き刺された瞬間短い悲鳴を上げたトロルは直ぐさま身体を硬直させ動きを止めた。


「お疲れさま!」


 そう言ってアティウラはポールウェポンを思い切り長く保つと鎌みたいな形の部分に向きを変えて、それで思い切り遠心力を使って横なぶりに攻撃を加えた。


 ごうん!


 トロルの側頭にヤバ目の鈍い音をさせながら上体を崩してそのまま崖のような斜面に転がり落ちていった。


 どすんっ!!


 下に落ちたトロルはまだ動かない。


「少しは時間が稼げる……誰!?」


 今度はトロルが来た方とは逆側に何かが来たらしく、アティウラはそっちに警戒を向ける。

 サーチには何も反応はない。


 ばさっ!!


「勇者様!?」


「うわ!? せ、セレーネ?」


 何かが木の間から出て来たと思ったら聖女様だった。


「よかったぁ!!」


 彼女は迷いなく俺に飛び込んできて、思い切り抱きついたのだった。



「うわ……臭っ!」


 それはここ最近よく嗅いでいたが、どれだけ嗅いでも慣れないものだった。


 勇者と魔物の一団はトロルの案内でそれらしい場所に辿り着いたらしいが、彼が追い求めるメイドさんの影も形もなかった。

 代わりに、何かの糞と思われる臭いが周囲に立ち込めていた。


「隠れているんでしょうかね」


 オークとノールは鼻を押さえながら周囲を見渡しているがそれらしいのは見当たらなかった。


「逃げるにしてもどうやって逃げたんだ」


 直ぐ近くで小さいトロルが交戦した形跡があり、少し前までここに居たのは間違いない。

 魔物の森を少数で歩き回れるほどなので、何かしら隠れたりすることが出来るのかもしれない。


「……それにしても……おえっ……く、臭い」


「コイツのせいで相手の臭いが分からなくなっているんでさあ」


 ノールが指差す先には撒き散らされた家畜の糞の一部があった。

 トロルの嗅覚を効かなくさせるためだろう。これで時間を稼いで何処かに逃げたんだろうか。


「……さ、探して、探すんだ!」

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