ドームの中へ<Ⅴ>

「心当たり?」


「君たちは人間に害をなすような存在ではないし、森の奥のしかも生物があまり住むのに適さない環境でひっそりと暮らしている」


「ええ、人間のおかげでね」


 デルはわざと皮肉たっぷりに言ったが、今はあえて無視をする。


「例えこのドームを奪ったとしても、彼らの利益になるとは思えないしね」


 ドーム自体は素晴らしいが周りの環境が劣悪すぎる。

 いや……、彼ら軍は紋様族の本拠地ですら分かっていないのにドームを狙うって考えもおかしいのか。


「僕達だって好きでこんなところに住んでいるわけじゃない!」


「ごめん」


「ちょっとヴェンデル言い過ぎ、勇者さんは考えてくれているんだし」


「それはそうだけど……」


 見かねたのかカトリナがデルをなだめてくれた。


「私達は戦うことが結構苦手なんだよね。そうするくらいなら住処を置いて逃げる方を選ぶの」


「なるほど……」


「だけど、もうこれ以上奥に逃げるとなると今度は巨人や竜なんかがいる土地に行くしかないんだよねー」


 この奥は更に恐ろしい土地になっているのか……。


「だから僕は今回ばかりは仕方なく人間と戦うことを選んだんだよ」


「そうなのか……でもその割にドームの中は落ち着いているな」


「そこは私達の性分だね。お仕事の時間以外は自由に使いたいんだよ」


「凄えな。そこまでオンとオフがはっきりしているなんて」


「そんなんだからあんまり戦いには向いていないんだよ」


 一切残業しないってなんて羨ましい。

 もし戦いが長引いたら、時間だからって帰っちゃったりするのか?


 なんか聞けば聞くほど、紋様族を狙う理由が分からなくなる。

 彼らを狙うのに、あの森を抜けた方が余程危険だっただろ。


 その危険な目に遭ってでも、手に入れたい何かがここにあるってことなのか?


「もしかして凄く高価な代物を持っているとかは……」


「高価なもの?」


「魔力石なら結構あるけど、そんなの人間だっていっぱい持っているでしょ」


「魔力石?」


 何だかそれっぽい名前が出たな。


「MPを肩代わりしてくれる宝石です」


 セレーネが軽く説明をしてくれた。

 そういえば、玉さんが持っていた荷物の中にそんなのがあったな。


「勇者様にはあまり必要ありませんね」


「どうせ魔法は使えませんよ」


「そういう意味ではなかったのですけど……」


「冗談だって、それはどれくらいの価値があるんだ?」


「入っているMPが10以下は普通に市場に出回っていて、金貨10枚くらいから買えます」


「MP25以上だと、裕福な勇者や冒険者じゃないとなかなか手に入れられません」


 そういうものか。


「私達が持っている石はほとんどが10以下だよ」


 そこまで珍しいものではないみたいなのでそれ狙いはあんまり考えられないか。


「じゃあ魔導柱とか?」


 おっと、これまた何とも心がくすぐられる名前が出て来たな。


「それって何?」


「知らないんだ」


「すまんな、地上に降りてきてまださほど経っていないんだ」


「ねえ、勇者って本当に天から降ってくるの?」


 先ほどそう説明したはずだが、そのときは信じていなかったのだろう。

 ある程度こちらを信用しつつあるらしい。


「ええもう、それは凄かったです。火球のごとき燃えながら落ちてきましたから」


「ええ、そうなの!? ポータルから出てくるものじゃないの?」


「この方は天から降りて……いえ落ちてきました」


「もしかして何か特別なことなの?」


 デルとカトリナの二人はじろじろと見ている。


「うーん、それにしては、なんか普通って感じだけど……それになんか人間にしてはちっちゃいし」


 普通で何が悪いってんだ。小さくて悪かったな! それに全ての勇者が美男美女ってわけじゃねーだろ。


「それでも私達より大っきいじゃない」


 それでもカトリナからしてみれば巨人に思えるのだろう。


「それは人間だからでしょ」


「あ、そっか……」


「大変特別だと思いますよ。なにせ女性が見られたくない時に飛び込んでくるっていう特殊な力がある様ですし、わたくしも初めての出会いは大変恥ずかしい思いをしました」


 そこで梯子を下ろしますかセレーネさん。

 デルの目が鋭くなる。


「あんたねぇ、やっぱりワザとだったんじゃ……」


 ああ、冤罪ってこうやって作られていくんだな。

 やばい話の流れになる前に元に戻そう。


「だから魔導柱って何なのよ」


「世界のマナを魔術や魔法で具現化するための装置よ」


 ああアクセスポイントのことか、地上では魔導柱っていうのか。

 この世界の魔法は世界各地に魔法を具現化するためのアクセスポイントが地下に埋められている。

 埋めたのは前の時代の人達で、それまで手続きが面倒だった魔法を簡易化するための装置として世界中のあらゆる場所に埋めたのだった。


 それまでは精霊と呼ばれるこの星の原始的な生物の力を借りて魔法を具現化していた。

 だが精霊は気まぐれであり、なかなか思い通りに魔法を行使出来ないことから前時代の人類はいくつかの精霊を魔力に変換する大規模なジェネレーターを建造した。


 それにより格段に魔法を使いやすくなったが、常にジェネレーターの近くに居ないと魔法を使うことが出来ないため、世界の何処に居ても使えるようにまるで地球のインターネットの如くアクセスポイントを埋めまくったのだ。


 アクセスポイントの機能は今でも生きているがジェネレーターは既に死んでいるため、その機能の代わりをリトルグレイ達が宇宙で用意した。


 呪文を受け取ると精神力を任意のエネルギーなどに変換をして術者に引き渡す。

 地上と宇宙を繋いでいるのは全てポータルが担っている。


 というのがこの世界の魔法の基本的なネタバレ。


 しかし魔導柱ってのは地下深くに埋められていて通常見ることはないはずなんだが。


「そんなのがあるのか」


 隣に座るセレーネはあまり意味は分かっていない様子。

 ちなみに彼女が使う神聖魔法は魔導柱を使わずに直接宇宙に浮かぶ人工衛星とアクセスをする方法を取っている。


「そうなの。このドームに……」


「カトリナ!」


 慌ててデルがカトリナの口を塞ごうとする。


「あ、あらら……」


 余計なことを口走ったと慌てて口元を押さえるカトリナ。


「もう、これだから交渉とか向いていないって言ってんの」


「あははっ、ごめんごめん」


 そんなこと言っているデルも最早、すっかり普通の会話になっていて大事な交渉をしている雰囲気ではないと思うのだが。


「でも、そんなものに価値があるのか」


「あんた本当に何も知らないのね」


「しょうがないだろ。まだこの世界が分かっていないんだから」


「あ、そっか……ごめん」


「素直に謝られた……」


「何よっ、僕が謝ったら何か変だっていうの?」


「いやなんでもない」


「申し訳ありません、わたくしもなんのことだかさっぱり分かっておりません」


「あれ……人間は知らないんだ」


「魔術に関しては不勉強でして」


 魔導柱は一般人は元より魔術師もあまり知らないって女神が言っていたな。

 セレーネが知るよしもないか。


「だったら直接見てみる?」


「え、いいのか」


「今更構わないわよ。あれは簡単に壊せるものでもなければ、一人で運べるようなものでもないし」

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