彼女も女の子<Ⅱ>

「あ、あの……勇者様?」


「え、あ、ごめんまた少し考えごとをしてた」


 そうだった。今はセレーネに告白されたんだった。

 どうしよう……、これは非常に困った事態だ。


 おかしい年齢は結構重ねているはずなんだが、あのワイトと対峙したときより緊張しているかもしれない。


 ともかく彼女の気持ちを伝えた。だから後は俺次第。

 ここで断ったら彼女を傷つけるんだろうか……。

 多分傷つけるんだろうな。それなりの勇気を持ってやったことだろうし。


 そもそも俺が断る理由なんてあるのか。

 俺は……俺は彼女のことをどう思っているんだ。


「セレーネの気持ちはとても嬉しいよ。でも俺はこんな見た目だけど……中身は結構年上なんだよ」


 俺は手を広げてみせた。


「そう、ですよね……そういうことでしたら他に意中の方がいらっしゃるのですね」


 そう言って彼女の顔が曇った。


「い、いやそうじゃなくて、俺ってじょ、女性とこういうことするの……は、初めてなんだ……よ、ね」


「ああ、それでしたら大丈夫です!」


「え、なんで?」


 もしかして聖職者の貴女が結構な経験者だったりするのですか!?


「わたくしも初めてですので」


「ええっ!?」


 思ったことと違う言葉に驚きの声を上げてしまう。

 確かに初めてでも不思議じゃないけど、それにしては行動が大胆すぎるような……。


「やはり生娘として歳が経ちすぎているでしょうか……」


「いや、そこに驚いたんじゃないから、セレーネは十分に若いから」


「そうですか? それならよかったです」


 ……でも初めて同士で上手く行くのか?

 いや、そもそもしてもいいのか。だって彼女は……。


「あの、一つ聞いてもいいかな」


「はい。なんなりと」


「そのあの……しちゃったらセレーネのところに入信しないといけないとか、結婚しないといけないとかそういうのは……」


「勇者様の世界ではそういう仕来りなのでしょうか。この世界には多くの神様がいらっしゃいますので、夫婦で別の神を信仰しているなんて当たり前のことですよ」


「あ、そ、そう」


「もちろんアデル教に入信したいのでしたら何時でも仰ってくだされば、わたくしが案内致します」


「それは今のところ保留で」


「結婚に関しては、貴族の社会ではそういった姦淫に厳しいところはあります。何分血を大事にしておりますから。女性の不倫は重罪に問われます」


 それはまあ、なんとなく分かる。

 日本じゃ不倫は罪に問われないにしても、バレたらかなり大変だしね。


「わたくしたち神職は頻繁に相手を変えたり、一度に複数の相手と関係を持ったりと姦淫のしすぎでもないかぎり、何かの罪に問われることはありません」


「そうですか」


「はいっ、そうなんです」


 それでも俺はまだ踏ん切りがつかないでいた。


「あの……やはり、止めておきましょうか」


 そんな俺に気を遣ってか、セレーネが持ちかけてきた。


「いやっ!」


 って、なんで俺は止めているんだよ。


「その……」


「それではどうなさいますか」


 俺が止めるのを止めたことが嬉しかったのか微笑むセレーネ。


「俺にとってセレーネは恩人なんだ」


「それでしたら、わたくしにとっても勇者様は恩人ですよ」


「……そうだよな。ごめん、これ以上は余計だな」


 セレーネはたたずまいを正して軽く会釈をした。


「それでは不束者ですが、よろしくお願いします」


「こ、こ、こちらこそ、失敗したら、ごめんなさい」


 少しだけ驚いた顔をするセレーネ。


「そんな失敗なんて気になさらなくても」


「だってセレーネに悪いだろ」


「こういうのは失敗したら男性に恥をかかせたとして女性が責められるのが普通です」


「おかしいだろ。こういうことは女性の方が負担が大きいのに」


「そんな、そこまで気を遣われてしまったら、もっと好きになってしまうではありませんか」


 なるほどこれが男性上位の世界なのか。だからそういう考え方になるんだな。

 でも俺には無理そうだ。どうしても気になってしまう性分だし。


「それにもし失敗したしても、またしてみればいいではありませんか」


「そ、そういう話?」


「勇者様の世界ではそういう失敗したら二度と出来ないものなのでしょうか」


「そうじゃないけど……」


「あ、あのあの……勇者様、あまり話してばかりでは、夜が明けてしまいます」


「あ、そ、そうだね……そ、それじゃあ」


 俺もベッドの上に乗るとセレーネの前に膝を突き合わせて座る。

 直ぐ側で彼女の顔を改めて見る。やはり美人だ。


「それでは失礼いたしますね」


 セレーネは座ったまま更に近づいてきて、そっと抱きしめてきた。

 すると、胸に彼女の柔らかな感触を感じ、ふわっとした良くいい匂いがする。


「……あ、あの、臭くはありませんか」


 耳元でセレーネが呟いてくる。

 一瞬ぞくっとする。


 どうやら臭いと言われたことが相当気にしているんだな。

 なんか悪いことしちゃったかもしれない。


「うん大丈夫。凄く良い匂いがするよ」


「良かった……ここに来る前に身を清めた甲斐がありました」


「……え、じゃあ、もしかして最初からそのつもりだったの」


「さあそれはどうでしょう。もしかしたらそういう期待があったかもしれません」


「そ、そうだったんだ」


 それにしても人に抱きしめられるってこんなにも心地がいいのか


「凄く柔らかくて温かいな……」


「そうですね。勇者様も凄く温かいですよ」


 なんだか段々と気持ちまで温かくなっていく気がした。


「なんかここに来て初めて生きててよかったと思えるよ」


「少し大袈裟ではありませんか」


「何度も怖い目に遭ったし、前の世界でもあまり良いことがなかったから……」


「そうですか。もしこれで勇者様の心が少しでも癒えるのでしたらこれからいくらでもしますね」


「ああ、ありがとう。セレーネは優しいな」


 そして俺は初めて彼女を抱きしめ返した。


「そ、それじゃあ……」


 そっと彼女をベッドに横たえる。


「どうぞ勇者様」


 セレーネは俺を迎え入れるように両手を拡げた。


「ああ……」


 俺は彼女の招きに応じるように彼女に重なった。

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