だがしかし……

だがしかし……

「う、ぐず……うう……ぐずぐず……ごめんなさいぃ……」


 俺は素っ裸でベッドの端に座り、彼女に背を向けて泣いていた。


「お、俺はやっぱり……ぐずっ、ダメな……うう……人間ですぅ……」


 我ながらあまりの情けなさに、涙が止まらない。


「大丈夫ですよ……」


 全裸のセレーネが後ろからそっと抱きしめてきた。


「でもでも……う、うう……」


「きっと、これまでのことで身体がお疲れだったのだと思います」


 今の状態で慰められても惨めさが増大してしまう。

 しかも中身はおっさんである。そんなおっさんが人目憚らず泣く姿は本当に情けない。

 だからといって泣かずにいられなかった。


「わたくしは気にしておりません。初めてなのですから失敗することくらいあると思います」


 何が起きたのか。そう俺はよりにもよってこれからというときに彼女と繋がる直前に発射してしまったのだった。

 盛大なる誤爆。ミスファイア……いやこれは自爆というのが正しいかもしれない。


 どうしても精神と肉体が均衡を保てなかった。


 精神の方はおっさんらしく落ち着いて進めようとしていたが、若い肉体の方は一刻も早くしたいと焦ってしまい制御が出来ずにいた。

 なんとか気持ちを落ち着かせようとしたが、彼女の柔らかな肌にあれが触れた瞬間に出してしまった。まさに秒殺、おそらく俺の人生で最速のクイックドローだっただろう。


 などと冷静に説明しているが、現在感情の方は全くの制御不能。

 自身の情けなさと彼女への恥ずかしさで感情が爆発。ずっと謝りながら泣いていた。


「ほんどに……ごべん……」


「ですから何とも思っておりませんよ。確かに少し驚いてしまいましたが、それはわたくしも未熟で男性のそれを初めて見たものでして、言葉が遅くなって申し訳ありません」


「せ、セレーネは何も悪くないよ……お、俺が……うぐっ……」


「勇者様だって何も悪くありませんよ」


「で、でもぉ……」


「わたくしに触れてそうなったのですから、むしろ嬉しいのです。もしかしたら具合が悪くていまいちなどと言われたらどうしようかと思っておりましたから」


「そ、そんなふうに自分を落としてまで慰めなくてもいいよ……」


「本当ですよ。わたくしも本当は怖かったのです。勇者様もそうだったのですね」


「あ、う、うん……。恥ずかしいけどこの歳まで女性とそういう関係になったことなかったから……」


 よしよしとセレーネは俺の頭を撫でてきた。


「それでしたらわたくしだって同じですもの。この年齢になるまで男性と一切の関係を持ったことがないのです」


「せ、セレーネは十分に若いじゃないか」


「ありがとうございます。ですが、この世界ではわたくしの年齢で結婚もせず男性経験もない女は一人前の扱いを受けません」


「そう、なんだ……だったら余計にごめんな。ちゃんと出来なくて」


 セレーネの腕が胸元から首回りに上がってきてより彼女の顔が近くに寄ってきた。


「本当にお優しい人ですね。こんなときでもわたくしの身を案じていただけるなんて」


「そうじゃないよ。ただ単に他人に嫌われるのが怖い臆病者なだけだから」


「勇者様のような臆病な人は嫌いではありません」


「あ、ありがとう……」


 セレーネはどこまでも優しいんだな。


「いえいえ、わたくしもありがとうございます」


「え、なんで?」


「勇者様の初めてをわたくしに選んでくださいましたから」


「髪とか着ているものとか、ここまでお膳立てしてそれはずるくないか?」


 ぎゅっと首回りに回している彼女の腕の力が少しだけ強くなる。


「だって勇者様ったら、あの子達にばかり優しくするのですもの……」


「え!?」


「確かにそういう気持ちが全くなかったとは言いません。でも最初は臭いって言われたのが気になって身綺麗にして見返そうとしただけでした」


「そ、そうなんだ」


「ですが、あの子達ばかり相手にして何時までも気付いてくれませんでしたし」


「じゃ、じゃあ3人が返った後不機嫌に見えたのは……」


「3人に妬いていたのと、意を決していたからそう見えたのだと思います」


「でも、あんなのは普通の対応だったと思うけど」


 セレーネが俺の頬に人差し指でツンツンしてきた。


「この世界では女性に優しくする男性は希有なのですよ」


 日本じゃあんなの普通すぎて、どこが特別なんだよと思えるレベルなんだけど。

 宇宙人のおっさんが勇者はモテモテって言っていた意味はそういうことなのか?


「帰る頃には完全に女の顔になっていましたから、勇者様がお誘いになったら直ぐに落とせていましたよ」


「嘘だろ……」


「本当ですよ。ですから、わたくしもこうなったら先手必勝と思わず……」


「そ、そうなんだ」


「軽蔑なさいます?」


「しないよ。セレーネは自分の気持ちで動いただけだし、それを受け入れるかどうかは俺次第だろ」


「勇者様ならそう言ってくれると思いました」


 嬉しそうにセレーネは後ろで少し跳ねていた。

 それにしても、こんなに想われていいのだろうか……。


「俺なんて平々凡々……いや身長や容姿はむしろ平均点以下で、セレーネがもっと格好良い勇者と出会っていればこうはならなかったと思うんだけど」


「それはどうでしょう。勇者様にも色々といらっしゃるでしょうし。見た目と仰るのでしたら、わたくしは好みの方だと思いますよ」


「そうなの?」


「はい」


 とはいえ未遂に終わったが本当に聖女様とこんな関係に進めて良かったのだろうか。


「何か不安ですか?」


「なんでも分かるのか……」


「大丈夫です。どうせわたくしに伴侶なんて見つかりませんから」


「そうなのか? でも良い人が見つかったらって言ってなかったっけ」


「あれは見栄ですよ。あのときは男性とそういう関係がないって思われるのが恥ずかしかったのです」


「……くしゅんっ! ごめん……少し冷えてきたかも」


「確かに夜にこの格好のままだと寒いですね。どうなさいますか?」


「ごめん……今夜はもう……」


 どうも、精神と肉体のバランスが崩れたままな気がしてならない。

 もし続けて、暴発じゃなくて乱暴な方に身体が動いて彼女を傷つけるかもしれない。


「分かりました。では……えいっ☆」


 セレーネは俺を抱きしめたままベッドに横になった。


「今夜はこうやって一緒に寝ましょう。多分臭くはない……はずです」


「ああ、凄く安心する良い匂いがするよ。これって香水?」


「香水は付けておりません、身体を清めるのに香油は使いましたけど」


「そうか……じゃあ、これはセレーネの匂いなのかな」


「あのあの、それって体臭ってことではないですよね?」


「大丈夫。本当に良い匂いだから……あ、あのさ……ギュッてしてもいいかな」


「はいっ。構いませんよ」


 そう言って、彼女は俺の頭をちょうど自分の胸の辺りに持っていく。


「わっ?!」


 お胸様に顔が埋まってしまう。

 なんだこれ……彼女の優しい温もりと匂い、そして少しだけ速い心音。


 本来であれば興奮する状況なのに、どういうわけか凄く気持ちが落ち着いていく。

 やばい……これは絶対に癖になる。


「ごめん、もうしばらく……」


「好きなだけ構いませんよ」


「ありがとう……」


 彼女の言葉に甘えて、俺はそのまま意識が落ちていくまでこうしているのだった。

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